ラクスルの強みは「ポーター戦略論からの脱却」だ トレードオフを追求する人は現場を知らない

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競争戦略論で有名なマイケル・ポーター教授は、何をやるかではなくて何をやらないか、何を捨てて何を取るかというトレードオフの選択、ここに戦略の本質があると指摘します。実際、かれが提唱する基本戦略とは、コストリーダーシップ戦略、差別化戦略の2つであり(集中戦略はこれら2つのいずれかをより限定された範囲で実施すること)、そのいずれかを選択しなければならないと説きます。

その両者を追求することは戦略のスタック・イン・ザ・ミドル(中途半端な状態)に陥り、失敗することになると指摘しています。これはまさにトレードオフの選択になります。ポーター教授が日本企業には戦略がないと主張した際の1つの根拠は、この選択が曖昧なままになっていることにあります。

このポーター流の競争戦略のポイントは、トレードオフにあります。トレードオフとは、二律背反、すなわち、一方を選択すれば、他方を捨てないといけないという状況を指します。トレードオフに直面した場合、どちらかを選択するという決断が求められます。この考え方にもとづけば、日本企業はこの決断がなかなかできず、その結果として、日本企業には戦略がないという状況が生まれてきていると解釈できるかもしれません。

しかし、この考え方は、やや硬直的だといえます。確かにコストリーダーシップ、差別化戦略をアーキテクチャー(全体の設計思想)としてとらえれば、どちらかを選択するということになるでしょう。しかし、現実には、差別化戦略的行動をとりつつ、コストリーダーシップ的行動も実行していくことになります。つまり、戦略のポイントはトレードオフの選択ではなく、トレードオン、すなわちデュアル優位性の実現にあるのです。

トレードオフからトレードオンへの転換

この点をもう少し正確に表現しましょう。

差別化戦略とは、WTPを高めることに優先的に取り組むことを指します。そして、競合他社よりも高いWTPを実現することが目的となります。

一方、コストリーダーシップ戦略は、コストのみならず、それを規定する要因でもあるWTSを優先的に削減し、その点で競合他社を凌駕していくことを意味します。

ポーター教授は、これらの基本戦略を説明する際、WTP、WTSという概念を明示的に使用していません。それらに代わり、技術・サービス水準、品質、ブランド価値などが差別化戦略の指標となり、コスト水準がコストリーダーシップ戦略の指標となっています。

このレベルで比較すれば、明らかにコストと技術・サービス、品質は対立します。コストを削減しようとすれば、技術水準や品質を落とし、サービスも削減していくことが必要になるからです。

しかし、差別化戦略、コストリーダーシップ戦略をWTP、WTSという観点からとらえれば、両者の間には代替関係ばかりではなく、補完関係が成立する可能性が生じます。言い換えると、両立可能性であり、トレードオフに対して、トレードオンへの転換が可能になります。このトレードオンこそが、デュアル優位性に該当します。

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