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「認知症の人」に語りかけ続けたら起きたこと 「何を言っても通じていない」という大きな誤解

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  • 尹 雄大 インタビュアー、サッカ
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人が人に話しかけること。これは人間が生まれ落ちた直後から生きていくうえで欠かせないのだという。人間は母親の胎内から出てきた段階では生物学的な誕生ではあっても、「人間の種にまだ迎え入れられていない」からだ。

「鹿であれば、親が赤ちゃんを舐める行為が終わった段階で乳を飲めるようになります。仔鹿は舐められないと死んでしまう。いわば舐められることで第2の誕生がある。舐めることで『おまえは鹿だよ』と言っているのです。人間でも同じことが起きます。舐める行為にあたるのが見るであり、話す、触れるです」

人間関係で一番つらいのは「話しかけられなくなること」

老齢を迎えるまでは人間であった。ところが認知症になった途端、話しかけられず人間扱いされなくなる。仕方がない。話すことができないのだから。何を話していいかもわからないのだし。悪意があるのではなく、能力を失ったように見える人とどう接していいかわからないのだ。

「人間関係で一番つらいのはまったく話しかけられなくなることです。フランスでは、そういう状態を表すフレーズがあります。『あの人たちには、私はもう言葉もかけたくない。話したくもないし、見たくもない』。

つまり、私の住んでいる世界とは違う世界の人間だということを言っているわけです。自分は人間の世界にいるけれども、相手はその世界にはいないということですよね。そうなると、どこの世界にその人は住んでいることになるんでしょう。それは大きな問題です」

けれども同じように言語をうまく話せなくても赤ちゃんには私たちは優しく話しかける。答えが返ってくることを期待せず、ただ話しかける。「相手が答えなければ話しかけなくなるのは、その人のせいではないということがわかったのです」。

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【「私が話すのではなく、私の手が話す」という手法を取り入れた】

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