台湾カリスマ経営者の政界リベンジが起こす波乱 強すぎる親中イメージ、公認の獲得は難しい

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とはいえ、国民党に侯氏以外の有力候補がいるわけでもない。すでに与党の民主進歩党(民進党)は総統候補として頼清徳副総統が決まっている。世論調査でも頼氏に対抗できるのは侯氏という結果で、本人が望まなくとも周囲が出馬させようとしている。

郭氏も5日の会見で「最終的に侯氏の支持率の方が高く、彼が(国民党の)公認候補に指名されれば支持する」と言及した。前出の小笠原教授は「郭氏の出馬は侯氏へのプレッシャーになるのは間違いない」と分析する。侯氏が出馬の意向を明確にすれば、下がり気味である侯氏への支持はより安定するだろう。

国民党にとっては大きな変数に

国民党内からも、郭氏より侯氏の方が望ましいとの声は根強い。台湾北部選出のある国民党の立法委員(国会議員)は「郭氏は親中色が強すぎて、台湾の有権者の広い支持を得られない」として、「(総統選と)同日に行われる立法委員選挙で国民党が議席を上積みするためにも親中色が薄い侯氏が好ましい」と明かす。

鴻海は中国に大規模な工場を多数展開することで成長してきた企業だ。郭氏自らも中国の習近平国家主席と握手を交わし、「古き友」と呼ばれたことがあるほど中国との関係が深い。2014年に当時の国民党政権が中国との経済関係強化のために批准を目指したサービス貿易協定に市民が抗議活動(ひまわり学生運動)を行った際には、「民主主義でメシは食べていけない」と皮肉った発言もしている。

郭氏は5日の会見で「台湾は米中経済の結節点である」として、「国際社会に通用する平和志向の指導者がいれば、台湾は米中対立を解消するためのカギとなる影響力をもっている」と主張。経済や平和・安定重視の姿勢で一見すると、米中双方と等しく向き合う姿勢を打ち出している。

ただ台湾社会の多数派は中国との一定程度の関係改善を望みつつも、中国との統一には否定的で、台湾の民主主義や台湾に対して強い愛着をもつ「台湾アイデンティティ」をもっている。郭氏の親中イメージは広く浸透しており、それを払拭することができなければ、支持を広げることは難しい。

実際、総統選挙の大勢への直接的な影響は限定的となりそうだ。小笠原氏は「(国民党と)選挙を争う民進党と台湾民衆党はすでに侯友宜氏を仮想敵として選挙戦を展開しており、郭氏の出馬表明でもその想定は変わらない」と指摘。他党も郭氏が国民党の公認を得るとは考えていない。

今後の国民党の選挙戦においては、「郭氏がどのような選挙キャンペーンを行うか、公認候補になれなかった場合に国民党とどう協力するのかが、同党にとって大きな変数となる」(小笠原氏)とみられる。総統選挙をどうリードしていくか決めるうえで、重要な序盤戦はすでに始まっているものの、国民党はしばらくカリスマ経営者の政界リベンジに振り回されることになる。

劉 彦甫 東洋経済 記者

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りゅう いぇんふ / Yenfu LIU

解説部記者。台湾・中台関係を中心に国際政治やマクロ経済が専門。1994年台湾台北市生まれ、客家系。長崎県立佐世保南高校、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、修士(ジャーナリズム)。日本の台湾認識・言説を研究している。日本台湾教育支援研究者ネットワーク(SNET台湾)特別研究員。ピアノや旅行、映画・アニメが好き。

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