営業所で出会った当初から、誠也さんは美恵さんを「芯が強くて優しい人」だと直感し、好意を隠さなかった。その心境を誠也さんに聞くと、さきほどまでの印象とは一変するほど饒舌かつ情熱的に語り始めた。
「この人は(背中に)一本、線が入っているんです。運転手として見込みがあるし、優しいところは祖母に似ています。恋愛感情というよりも、この人は頼りになる!と思いました。自分には芯がないので、芯が強い女性に憧れるのかもしれません。食事に誘いまくりました」
両親は忙しい公務員で、おばあちゃん子として育った誠也さん。自称「自由人」で、専門学校を卒業してから30代半ばまではスーパーマーケットなどでアルバイトをしながらの実家暮らし。『大航海時代』という歴史シミュレーションゲームに熱中していたらしい。美恵さんに出会うまでは恋愛経験は皆無だった。それでデートに誘いまくるのはすごいが、美恵さんには他人を安心させる何かがあるのだと思う。
誠也さんからの誘いはすべて断っていた
美恵さんのほうも職場の頼れる先輩である誠也さんには好感を持っていた。やや無骨な外見とは異なり、LINEなどでは「です、ます調」を崩さずにきちんとした日本語を書くところに「ギャップ萌え」していたと明かす。
「育ちがいい人なんだな、と思いました」
しかし、当初は誠也さんからの誘いをすべて断っていた。プライベートで男性と親しくすることへの苦手意識のほか、恋愛によって人間関係が悪化してせっかく入れた職場での立場を危うくすることを避けたかったからだ。そのガードを突破したのは誠也さんが見せてくれた写真だった。
「ラーメンの写真です。すごくおいしそうに撮れていて、思わず『食べたい!』と言ってしまいました。地元のラーメン屋さんなのですが女性1人では入りにくいお店です」
誠也さんは「いつ行く?」とすかさず日程調整。大航海時代のスペイン人仕込みの押しである。その後、美味しい店を次々と探しては美恵さんを車で連れて行くようになり、いつしか2人は交際していた。誠也さんは口癖のように「結婚しよう」と言うようになったが、美恵さんは「無理だよ」と断り続けていたという。
「考えてみてください、大宮さん。私は夫よりも10歳も年上なんです。子どもも望めません。そして何よりもウィッグをつけたまま付き合っていたので、髪の毛がないことを夫は知りませんでした」
年末のある日、美恵さんは意を決して告白し、ウィッグを外して見せた。誠也さんは平然とこう答えたという。
「別に構わない。オレは髪の毛と結婚するわけじゃないし」
その瞬間、子どもの頃から我慢してきた悲しい思いがほどけていく気がした、と美恵さんは声を少し震わせる。誰かを愛したい気持ちは人一倍ある。でも、恋愛や結婚などは諦めていた。望んで手ひどくフラれたらもっと悲しい思いをしてしまうから。気分が暗くならないように新しい仕事にチャレンジし、一心不乱に働いてきたのだ。
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