専門分野以外の「雑学」が人生を豊かにする 浅田次郎が語る「日本の運命」<下>

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小説は想像の産物だから、自分の想像力を100%出してこそが純血の小説だと思う。それは限度がある。童話ならそうでもないが、ある程度の知識と資料みたいなものが自分の中に蓄積がないと、想像も膨らんでいかない。そういう意味でも読書は大切だ。

――読書の分野は。

自分の専門的なものは読まないほうがいい。だから、小説は僕の読書の一部、歴史書も大して読まない。書庫を改めて見てみると、確かな意図で購入したとは思えない、どうでもいいような本が多い。割と図書館活用派だったから量としてもそんなにはない。捨てたものもある一方、勝手に送られてくる本もある。

「雑学」が人間にとっての本当の知識

浅田次郎(あさだ じろう)●1951年東京都生まれ。1995年『地下鉄(メトロ)に乗って』で吉川英治文学新人賞、1997年『鉄道員(ぽっぽや)』で直木賞、2000年『壬生義士伝』で柴田錬三郎賞、2006年『お腹召しませ』で中央公論文芸賞と司馬遼太郎賞、2008年『中原の虹』で吉川英治文学賞、2010年『終わらざる夏』で毎日出版文化賞を、それぞれ受賞。そのほか〈天切り松 闇がたり〉シリーズや『プリズンホテル』『蒼穹の昴』『一路』『黒書院の六兵衛』『神坐す山の物語』など多数。ゴールデンウィーク公開の水谷豊主演映画『王妃の館』の原作者

本で不思議なのは、何でこんなものがあるのだろうと思いつつも、読んだら面白かった、というのがあることだ。それが結構多い。小説家ということではなくて、人間にとって、それが本当の知識だと思う。守備範囲の専門的なものよりも雑学が人間にとっての本当知識であって、人生を豊かにする。

小説を書いていると、それが役にも立つ。ゴールデンウィークに上映される水谷豊主演の『王妃の館』の原作が物語としてつながったのも、なぜか書庫にあったフランスの中世宮廷レシピ本のおかげだった。『王妃の館』はルイ14世が現代に飛んで時間が交錯する筋立てだが、現代と彼とをつなぐパイプがなかった。そこをフランス貴族の食べていた料理で物語がきれいにつながった。きっと面白半分に買っていたのだろうが。

――自衛隊ばかりでなく、いろいろな人生経験もされています。

婦人服の営業が長かった。小説家より営業の時間のほうが長いぐらい。実は小説を書き出したあとも、ずっとアパレル業界にいた。アパレルはサービス精神が旺盛なマニュッシュな世界。着せる顧客と売り子は女性だが、制作や営業の部分は男性が多いという世界。つまり表面だけが女性で中身は男性という仕組みだった。名だたるアパレルの女性社長を聞いたことがない。デザイナーにしても圧倒的に男性。経験的には、おかまがいちばん好いデザイナーであり経営者であった。

小説家はアパレル商売とはケタが違う。税金のこともある。小説家は、税金が直撃して避けようがない。節税のしようがない。会社経営をしていると、節税の方法はたくさんあるが、小説家はそれが使えない。小説を書き、世間のさらし者になって、「ぽっぽや」で直木賞をもらった時には、買い物にも風呂屋にも行けない。そして見返りがこれしか、という感じがあった。意外だった。

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