守田におぶられた桐山少年を外まで見送った二美子は戻って来ると大きなため息をついた。
「どうかしました?」
珍しく、数がカウンターの中から二美子に語りかけた。元々、数は人との関わりを避ける傾向がある。
とはいえ、二美子もこの喫茶店で過去に戻ってから三年が過ぎ、暇さえあれば毎日のように通い詰めている。数にとってほんの少しだけ気の許せる関係になっているのかもしれない。そして、その微妙な心の距離の進展に二美子自身は気づいていなかった。
カウンターに腰掛けた二美子は、
「もし、私にあんなに優しい息子がいて、目の前で泣かれたら、それでも離婚できるかなって……」
「そうですね」
「数さんなら、どうする? やっぱり別れる? 別れない?」
「私は……」
数は小さく呟いて、そっと視線を白いワンピースの女に移した。
「私には幸せになる資格はないので」
「え? それって……」
カランコロン
二美子が数の意味深な発言に踏み込もうとした瞬間、カウベルが鳴り、流と流に抱かれたミキが帰って来た。流は買い込んだ食材の入ったトートバッグを持っている。
「もうあれから二年経つんですね」
「ただいま」
言ったのはミキである。
「あ、えっと、おかえりなさい」
キッチンに消える数を気にしながら二美子が答える。
「二美子、てめー、また来てやがるのか? 暇なのか? 仕事暇なのか?」
「おい、やめろ」
とんでもなく口の悪いミキに流の口調も強くなる。
「いや、いいですよ。大丈夫です。もう慣れましたから」
「すみません。こいつ、すぐテレビの影響受けるので困ってるんです」
「てやんでい。こちとら江戸っ子だ。口の悪さは三代続いた付け焼き刃よ」
「意味わかってないだろ?」
「何がでい?」
「もういいよ」
「二美子、しごとにいけ」
「こら!」
二人のやりとりに二美子はゲラゲラ声を上げて笑い出した。
「すみません。ほら、もうすぐアンパンマン始まるから、奥へ行ってテレビでも見てなさい」
「二美子、またな!」
「はい、またね、ミキちゃん」
「ハーヒフヘホー」
流から解放されたミキは居住スペースである奥の部屋へと走り去った。
「本当、すみません」
「いえいえ。元気があっていいじゃないですか。流さんとか数さんにはない明るさがあって、いい感じだと思います」
「そうですか?」
「計さんが生きてたら……もっとにぎやかだったかもしれませんね?」
「確かに」
「もうあれから二年経つんですね。早いなぁ」
「そうっスね」
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