過去の健二と葵が、泣き出してしまった桐山少年を前にして離婚の話をしたかどうかはわからない。桐山少年が泣くのを見て迷いが生じ、あの日、別れることを切り出せなかったかもしれない。
それでも、現実が変わることはない。
どこかのタイミングで二人は別れることを桐山少年に伝えることになる。それがこの喫茶店のルールだからだ。
桐山少年は、その後、泣き疲れて眠ってしまった。
「この子は本当に両親思いの優しい子でね」
桐山少年を迎えに来たのは、守田孝三と名乗る祖父だった。守田は葵の父で、この喫茶店からそう遠くないマンションに一人で暮らしている。妻は二年前に先立った。桐山少年が健二、葵のどちらと暮らすか決めるまで面倒を見ているとのことだった。
「この喫茶店のことを教えたのは私なんです」
「そうでしたか」
カウンター越しに数が応えた。
「まだ七歳なのに、娘と健二くんのことばかり心配してましてね。去年、ここで泣いたことをずっと後悔しておりました。その姿があまりに健気で、それならと過去に戻ってみることを進めてみたのですが……」
「どちらも選べなくて悩んでいるのではないかと」
守田は背中で眠っている桐山少年の顔を悲しそうに覗き込んだ。
「あの」
見送るために立ち上がった二美子が、出口に向かう守田を呼び止めた。
「彼はお父さんとお母さん、どちらと住むのかは、もう決めているんでしょうか?」
「気になりますか?」
「はい。こんなに優しい子だから、きっと、お父さん、お母さん、どちらも選べなくて悩んでいるのではないかと」
二美子の言葉を聞いて、守田は目頭を押さえた。
「この子はその事でも、ずっと悩んでいます。きっと未だにどうするべきか決めかねているに違いありません。この子の気持ちを知りながらも離婚した娘を叱りつけたい気持ちにもなりました。だが、そんなことをすれば、またこの子を悲しませてしまう。私はこの子が泣くのだけは見たくないのです」
守田はそう言って、一度小さく鼻を啜り上げた。
「両親思いのよくできた子ですがまだ七歳です。過去に戻って二人の話を笑って聞いてあげるんだと出て行きましたが、泣いて帰って来たと聞いて、それでよかったのだと思います」
「はい。私もそう思います」
守田は二美子の言葉に僅かに笑みを見せると、頭を下げて店を後にした。
カランコロン
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