銀行破綻に葛藤するFRBが利下げに走らない理由 銀行監督の失敗をフォローすればインフレ放置

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もちろん、「物価安定か。それとも金融システム安定か」という究極の選択を迫られた場合、目先の恐慌に陥るリスクを回避するために金融システム安定は重視される。しかし、システミックなリスクがさほど大きくないと判断されれば、金融政策は従前路線が維持されるはずだ。

短期的には金融システム全体への懸念が高まる(リーマンショック型の)リスクが最悪の展開としても、中長期的に見た場合、最悪の展開は「銀行監督政策に配慮して必要な利上げが行われず、インフレが加速。賃金上昇を伴うインフレ第二波に対し再度大幅な利上げが必要になる」といったインフレに制御不可能性が漂う展開である。

元々低かった3月21~22日のFOMC(連邦公開市場委員会)における0.50%の利上げはSVB破綻で完全についえたと思われるが、利上げ路線の転換を促すには至らないと考えたい。

年内に140円台復帰の想定は変わらず

もっとも、FRBの利上げに関する最大のテーマはこれまで「Higher for Longer(より高く、より長く) 」だった。この「より長く(Longer)」が「より短く(Shorter)」になるのかどうかは注視が必要である。

というのも、SVB破綻がシステミックなリスクに発展しないとしても、西海岸の経済・金融情勢の中核が失われたことで、米国のスタートアップ業界における雇用・賃金情勢が失速する可能性は十分考えられる。雇用・賃金情勢の失速は利上げの停止、もしくは利下げに転じる真っ当な理由になりうる。

今のところ、従前の利上げ効果が実体経済へフルに転嫁されてくるだろう2024年1~3月期には利下げ議論の着手がありうると筆者は想定しているが、今回の一件でそれが2023年10~12月期に前倒しされてくるリスクシナリオなどは検討したほうがよいかもしれない。

SVB破綻が報じられて以降、ドル円相場は米金利急低下に伴って136円台から133.50円付近まで急落している。しかし、年内に140円台復帰を想定する筆者の基本シナリオを修正する必要性は今のところ感じていない。

米金利上昇を背景とする「ドル高の裏返し」としての円安には一時的なブレーキがかかったものの、早期利下げを前提としないならば、やはり円高にも限界はあるだろう。「SVB破綻で円高・ドル安相場が始まる」という言説に筆者はまだ乗れない。

これまで繰り返し論じている点だが、2022年来見られている円安は「ドル買いの裏返し」だけとも言い切れず、「本邦の需給環境の変化を反映した円売り」という性格を多分に含んでいる。端的には、米金利上昇に応じたドル買い・円売りがやんでも、莫大な貿易赤字やサービス赤字を背景とする円売りがやむわけではないという事情があるはずだ。

目先の相場解説はどうしても金利を主軸とする為替動向に目を奪われやすいが、近年の日本がかなり大きな需給構造の変化を強いられていることを踏まえれば、SVB破綻のような米国側の事情だけでドル円相場が2022年初頭の水準(113円付近)に回帰するのは困難というのが筆者の変わらぬ基本認識である。

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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