なぜヒトは旅をするのか 人類だけにそなわった冒険心 榎本知郎著 ~旅は「許容」が成り立たせる
旅をするのは「ヒト」だけだという。
だが、移動する動物は多い。たとえば渡り鳥やサケなどの回遊魚は、何千キロもの長距離を移動する。哺乳類のヌーは、食物を求めてアフリカの大草原を大群で移動する。だが、それはつねに生活圏内の移動である。
ニホンザルは、交尾期になるとオスがそれまでの生活圏を出て新しい群れに行き、そこに居つく。チンパンジーではメスがよその集団に移籍する。だが、いずれも元には戻らない。
ヒトは自分の生活圏を出て、よその生活圏に行き、そこの集団と交流し、再び元の生活圏に戻ることができる。それが「旅」であると、著者は規定する。
では、なぜ旅はヒトだけに可能なのか。ヒトはナワバリをもたないからである。だから、見知らぬ人が自分たちの生活圏に入ってきても、直ちに排除することはしない。それどころか食料や宿を提供する。見知らぬ人に敵対的でも親和的でもなく対応する。それを「許容」といい、旅を成り立たせる必須条件であるという。
本書は「許容」を軸に旅を論じ、進化論批判から文明批判までに及ぶ。書名に魅かれて軽い気持ちで手にとったのだが、内容は意外にハードである。
最後に著者は言う。「ヒトの進化の過程で『旅する心』が遺伝的に固定されたはずである」。
そして、「未知の世界を知りたい」という想い(好奇心)が旅に駆り立てるのだという。確かにそのとおりなのだろうが、ちょっとはぐらかされた気がしないでもない。
だが、インドへ旅した僧の法顕や玄奘、さらには放浪の揚句28年後に帰郷したイブン・バットゥータなど多くの旅行家の逸話を知ると、確かに「旅は、ヒトだけに許された特権なのだ」とつくづく思う。
えのもと・ともお
動物行動研究者。1947年鳥取県生まれ。京都大学理学部卒業。理学博士。元東海大学医学部准教授。専門は霊長類学。長年ニホンザルとピグミーチンパンジーの行動研究に従事してきた。
化学同人DOJIN選書 1575円 206ページ
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