洋上風力「3海域独占」の衝撃から1年あまり。三菱商事は得意の電力事業を地域活性化と結びつけ、日本の再生を図る壮大な絵図を描いている。その長期戦略の縮図である秋田では何が起きているのか。
今年1月11日。秋田市中心部の雑居ビルの一角に足を踏み入れると、何の変哲もない小さな鉄製のドアに「三菱商事洋上風力」と書かれた貼り紙が、セロテープで貼り付けられていた。
急ごしらえの小部屋のようにもみえるこのオフィスは、三菱商事洋上風力発電の事務所だ。秋田県で洋上風力発電事業を進める、総合商社大手・三菱商事の最前線基地である。
たたずまいは地味だが、一歩入ると、事務所内は熱気で充満。企業連合を組む三菱商事と中部電力子会社の社員が、せわしなく行き交っていた。
「すべてがここから始まる。われわれとしても期待でわくわくしている」。三菱商事洋上風力の岩城陽太郎プロジェクトダイレクターは話す。
三菱商事などの企業連合は2021年12月、国の洋上風力発電事業の公募で秋田県、千葉県の3海域を総取りした。入札で三菱商事などが示した売電価格は、入札上限の29円(円/kWh)を大きく下回る11.99~16.49円。20円台で応札した事業連合が多い中、圧倒的な安値が「事業独占」の決め手となった。
地元の漁師にも衝撃を与えた売電価格
三菱商事を中心とする企業体は現在、秋田や千葉県銚子市で、環境影響の調査や地盤、風況の調査を進めている。秋田や千葉の海上には作業船が行き交い、ボーリング調査のためのやぐらも建てられた。
この先、秋田や千葉で洋上風力発電事業が本格的に進められるが、地場産業の中では、とくに漁業者への悪影響が心配されている。建設時の騒音や稼働後の低周波が魚に及ぼす影響などが懸念されるのだ。
国は各地で洋上風力発電事業を実施するにあたって、事業者が出資して基金を設け、人工漁礁を整備したり、種苗を放流したりするなど漁業支援を行う仕組みを構築している。しかし、地元の漁業関係者の不安は完全には拭えない。
秋田県では、ハタハタを中心に漁獲量が1970年代にピークを迎えたが、その後は減少の一途をたどっている。20年前は県内に9つあった漁協は今や半減し、漁師数も800人を切った。漁師の高齢化も深刻だ。
「今後5年、10年先を考えれば秋田県の漁業はどうなるのか。(風車建設による漁への影響という)不安はある」と、秋田県漁業協同組合の加賀谷弘組合長は話す。
秋田県の漁業組合は2020年、国が県内の海域を洋上風力発電事業の促進地域に指定する直前に、その賛否を組合員である漁師に対して書面で確認した。ほとんどの漁師が「基金の活用で漁業が守られるなら」と、賛成したという。
ところが、三菱商事が公募で提示した圧倒的に安い売電価格は、ライバルの企業連合だけでなく、地元の漁業者にも大きな衝撃を与えた。事業者が資金を拠出する漁業支援のための基金は、20年間の見込み売電収入の0・5%と決められている。売電額が低くなれば、それだけ基金も減ることになる。
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