「老いで記憶低下」はただの思い込みかもしれぬ訳 神経科学的研究では、脳細胞は年齢で減少しない

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「自分はあまり記憶力がよくない」「勉強が苦手」などと思うことがあります。事実かどうかはさておき、そういった思い込みが学習能力を実際に下げている可能性があることが研究によってわかっています。

例えば「老い」がそうです。タフツ大学の研究チームによる実験では、「年齢による記憶力の低下」はただの思い込みが最大の原因ではないかということが示されています。

「思い込み」が記憶力を低下させている

この実験では、18~22歳の若者と60~74歳の年配者のふたつのグループを対象に、記憶力テストを行いました。実験は次の2種類があります。

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実験1では、テストの直前に「これから記憶力テストを行うこと」「このテストは通常、高齢者のほうが、成績が悪い」という説明を実験参加者に伝えます。実験2では「これから心理学のテスト」を行うことを伝え、年齢や記憶に関しては何も言及しません。以下はテストの内容です。

たくさんの単語が書かれた「単語リストA」を見せて、なるべく多く記憶させる。「単語リストA」を見せたあとに別の「単語リストB」を見せ、「単語リストA」にも含まれていた単語を当てさせる。

その結果、実験1の正答率は、若者グループが48パーセントで年配者グループは29パーセントとなり、年配者のほうが悪い成績を示しました。実験2では、若者グループの正答率が49パーセント、年配者グループが50パーセントと年配者と若者との差がほとんどなかったのです。

出所:『モチベーション脳 「やる気」が起きるメカニズム』

この結果から、老いによって記憶力が衰えるというのは、ただの思い込みである可能性が示されました。そしてその思い込みが実際に、本人の記憶力を低下させているのです。「もう年だなあ」といってしまうことはよくありますが、それは思い込みで、神経科学的研究によっても、脳細胞が年齢で減少することはないと近年報告されています。

思い込みによる記憶力の低下によって、何か新しいことを覚えようとするモチベーションも低下しているかもしれません。

けれど、思い込みは必ずしも悪いことばかりではありません。自分の記憶力が低いという思い込みを持っている年配者は、「記憶できる量」はたしかに少なくなりますが、「記憶のまちがい」も減るそうです。

大黒 達也 脳神経科学者

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だいこく たつや / Tatsuya Daikoku

1986年生まれ。博士(医学)。東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構特任助教、広島大学 脳・こころ・感性科学研究センター客員准教授。ケンブリッジ大学CNEセンター客員研究員。オックスフォード大学、マックス・プランク研究所勤務などを経て現職。専門は音楽の脳神経科学と計算論。著書に『芸術的創造は脳のどこから産まれるか?』(光文社新書)、『音楽する脳』(朝日新書)など。

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