日本人は奨学金制度の「貧弱さ」をわかってない 貸与中心は世界の非常識、背後には構造的要因

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当時も「給付か貸与か」の議論があったようですが、結果的に貸与型が選択された背景には、以下のような考えがあったとされています。 

「日本古来の家族制度の尊重の立場に立ち、親の子を教育する責務を援助するものとの意味において、また国からの支出を最小限にとどめる意図から、貸与制をとる」(出所:『日本育英会二十年記念誌』/1964年)

私個人としては、家族制度の尊重という観点のほかにも、過去への反省も影響していたのではと考えています。明治時代は、多くの上流階級の子息たちが国費(官費)で欧米諸国に留学しており、今と比べ物にならないくらい、教育はずっと不平等なものだったのです。戦時中の発足ということで、大日本育英会が設立された背景には当時の時代背景を強く感じさせますが、とは言え、「より多くの学生が助けられるように」との思いもあったのは間違いありません。そして戦後、GHQが日本に来てからは、この「平等」「公平」の傾向はより強くなっていきました。

こうして生まれ、社会に深く根付いていった日本の奨学金制度。「公平」「平等」「より多くの学生に」という面ではそれなりにうまく機能してきました。しかし、最初はすべて無利子だった貸与型奨学金に有利子のものが導入されるなど、年月が経って学生を取り巻く環境や社会情勢が変わり、少し今の時代に合わないものも出てきたように思います 。

まずは「奨学金情報の整理」「意識改革」が必要

ただ、これからの日本の経済状況を考えると 、学費を 安くしたり無償化したりすることは現実的には厳しいでしょう。

また、今後大学側が学費を下げることも現実的ではありません。2004年に国公立大学が国立大学法人化されて、国公立大学は自分たちで採算をとらなければいけなくなりました。少子高齢化が進み学生が減っている現状では、学費を上げていかないと運営が成り立ちません。こうして学費や物価は上がる半面、アルバイトの賃金は上がりにくく、各家庭での年収も上がりにくい現状にあります。

あくまで個人的な考え方ですが、これらの現状を踏まえると「自助公助共助」の中の「共助」、つまり、民間企業や財団または富裕層による給付型奨学金やそれに近いものが増えて広まっていくのが実現可能な解決策かもしれません。「公助」で国が学費を無償にしてくれるのが理想ですが、今の日本では難しいでしょう。

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