アインシュタインの「余命を延ばした」手術の全容 偉大な科学者の動脈瘤を「セロファンでくるむ」
一方で1948年当時に急性動脈瘤が破裂した場合、外科医は患者の命を救うために大動脈を縛って閉じることはできたものの、そんなことをすれば脚に血が通わなくなって壊死してしまうだろう。アインシュタインの場合は、命の危険を感じるほど深刻ではなさそうで、そのような恐ろしい合併症のリスクを冒すまでもないと思われた。
ニッセンがアインシュタインを開腹したところ、胆囊に石はなく、ごく普通の状態だったが、腹部大動脈にグレープフルーツ大の動脈瘤が見つかった。動脈瘤はまだ破裂していなかったため、ニッセンは実験的な方法を試してみることにした――動脈瘤をセロファンでくるんだのだ。スイーツやパンや葉巻を包むのに用いられる、あの合成の物質だ。
身体にとっては異物だが、完全に溶ける。セロファンによって結合組織が刺激されて瘢痕組織が形成され、その結果、膨張した動脈の薄い血管壁が強化されて、動脈瘤の破裂をいくらか遅らせられるのではないか、とニッセンは考えた。
セロファンは1900年に開発された透明なセルロースの重合体で、さまざまな用途に用いられ、外科手術でも使えないかを探るために実験もおこなわれていた。動脈瘤をセロファンで包む方法はすでに確立されていたが、長期的な影響についてはまだわかっていなかった。
おまけに、史上もっとも偉大な科学者の動脈瘤をサンドイッチの袋に使われる材料で包むのは勇気がいる。セロファンでくるむ方法は、アインシュタインの手術から何年後かに人工血管置換術に完全に取って代わられた。大動脈の患部を切除してプラスチック製の管に置き換える手術だ。
今では、セロファンを使おうと提案しようものなら、血管外科医が大笑いするだろう。ところがアルベルト・アインシュタインは、丁寧にくるまれたグレープフルーツ大の動脈瘤を抱えたまま、さらに7年間生きた。腹部大動脈瘤に関する現代知識をもってしても、これはちょっとした奇跡だ。
動脈瘤では「ラプラスの法則」が働いていた
ニッセンはアインシュタインの腹部大動脈瘤の大きさを見て、でたらめに見積もったわけではないと思う。医師はよく、腫瘍や動脈瘤といった「占拠性病変」の大きさを、くだものを使って表現する。みかん、オレンジ、グレープフルーツは、それぞれ2インチ、3インチ、4インチに相当するため、よく用いられた。
動脈瘤が大きければ大きいほど患者の見通しは暗いため、ニッセンは慎重にくだものを選んだだろう。平均的なグレープフルーツの直径は10㎝だ。未治療で直径7㎝以上の腹部大動脈瘤がある患者は、生存期間中央値がたった9カ月しかない。つまりこの条件の患者の半数は9カ月ともたずに亡くなるということだ。
8㎝以上の動脈瘤が1年以内に破裂する確率は30%以上で、それが毎年続く。ということは、10㎝の動脈瘤があったアインシュタインは1~2年で亡くなる運命にあったということだ。7年間生き延びる確率はわずか数%だった。
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