「人の命に値段をつける」難題に挑む弁護士の苦悩 「ワース」が描くテロ被害者への補償金の在り方

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本作の原案となったのは、9.11被害者補償基金をはじめ、数多くの複雑な紛争の調停者、仲裁人に任命されてきた弁護士ケネス・ファインバーグの回想録“What is Life Worth?”。彼はなぜこの困難な事業を無償で行ったのか。

アメリカCNNのインタビューでファインバーグは「それは愛国心から来たものだった。おそらく多くのアメリカ人が、犠牲者のために役に立ちたいと思い、自分ができることをしようとしていたはずだ。だがこの事業を難しくしたのは、同時多発テロからわずかな日々しかたっておらず、悲しみも癒えていない人たちに向き合わなくてはならないことだった」と当時の心境を振り返っている。

「実在の人物を演じるのはプレッシャーだが、だからこそ演じる相手に対する敬意がなくてはならない」と語るキートンは、実際にファインバーグに会いに行き、「彼はとても気さくで、楽しい人だった」と感銘を受け、意気投合したという。

遺族や被害者に寄り添う作品

そうやって長い時間を一緒に過ごすなかで、ファインバーグのたたずまいや特徴などを観察し、演技に取り入れたという。一方のファインバーグも「マイケル・キートンをはじめとした出演者たちの演技には驚かされた。本当に満足している」と語っている。

これまで『ユナイテッド93』『ワールド・トレード・センター』『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』『再会の街で』など、多様な視点から9.11テロを捉えた作品が数多く作られてきた。

だが、事件から20年以上の時がたってから作られた本作は、そうした悲劇に経済的要素、社会的要素などもからめつつも、いたずらに感動を誘うようなことはせず、生き残った者、遺(のこ)された者たちの喪失感、苦しみにそっと寄り添うような作品となった。

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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