日本とドイツ「スポーツの位置付け」こんなに違う 日本の「部活の地域移行」に欠けている視点

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日本では目下、スポーツ庁と文化庁が、学校部活動の指導をスポーツ団体などに委ねる「地域移行」を2021~2025年度を目標に進めている。背景には、近年、運動部に参加する生徒の減少や少子化でチームスポーツなどが成り立ちにくくなっていることに加え、部活自体が教師の著しい業務負担につながっていることがある。

現状は各地で少しずつ移行が進められてはいる。しかし、行政や教育関係、スポーツ関係の人たちからは、そもそも「地域の中で行われるスポーツ」がイメージしづらいという意見が聞かれる。そればかりか、自治体によっては、部活を地域で推進することそのものに反対する意見すらある。部活動をそのまま、学校外の組織に委ねることが地域移行と考える人もいる。

また、学校外で子どもたちがスポーツ活動を行うときに懸念されるのが、指導者の副業問題だ。自分の仕事の傍らで指導することになると、「副業禁止事項」に抵触するのではというものだ。

こうした意見はわからないでもないが、部活地域移行の議論は既存の日本スポーツを練り直す機会で、もう少し俯瞰的な議論をする必要があるだろう。なぜなら、日本社会の構造が変わるなかで、スポーツの「位置づけ」もこれに応じて変わることが求められるからだ。

日本に合っていた「体育会系気質」

これまで日本のスポーツの発展の中心は学校単位で、しかも競技主流の体育会系の文化が強かった。日本におけるスポーツは、高度経済成長期に求められた「上の言う事を聞いて、体力と根性で仕事をこなす(体育会系)」という人材像ともよく合った。体育会系気質はそれこそ、霞が関の官僚の世界からヤンキーにいたるまで社会の「細部」に宿っていた。往年のスポーツは社会のニーズと一致していたのだ。

ところが昨今、創造性や自主性、コミュニケーションの重要性を説く議論が広がっている。職制で上司部下の関係があったとしても、相互に最低限の敬意を払いながら、自主的に闊達な対話を通して創造性を発揮するような人間関係が求められており、こうした人材を育成するためにも、スポーツもこれに応じて変化が必要だろう。

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