母親が失踪し妹弟と6人で暮らした18歳少女の現実 家事や学校の手続きも「母の代わり」にやった
大谷さんのヤングケアラー役割は、「自然にそうなってしまいますよね」という自然発生的なものであり、「嫌」ではあるが抗おうとも思わなかった状況だったようだ。否応なく投げ込まれた状況であり、ヤングケアラーである多くの子どもにも同じことが当てはまるだろう。
大谷さんの子ども時代は、確かに母親をケアしているのだが、母親を介護していたわけではなく、「母の代わり」つまり母親役割の代理である。家事だけでなく、区役所や学校の手続きも大谷さんは担っている(※注2)。このあと登場するあらゆる場面で、「母の代わり」という姿を取る。このことが大きな特徴となる。
例えば病気の家族の身体を直接ケアするというのとは区別される、〈代理〉する役割だ。大谷さんに限らず〈代理〉という姿を取るヤングケアラーは一定数いるだろう。これも気づかい(ケア)の一形態だ。「頼まれましたし」「私が行くしかないし」と、この引用でも「~し」というストレスフルな場面で現れる言葉づかいの特徴が見られる。
ヤングケアラーは、家族が自由や力を発揮することができない場面で否応なく代行するという形を取ることがある。
ハイデガーはおせっかいをする気づかいが相手の自由を奪い取ると考えたが(この場合は大谷さんが母親の自由を奪い取るということになる)、しかし大谷さんの場合、母を代行することは状況に強いられたものであり、かつ学習や遊びの機会を奪われることで、むしろケアを遂行する大谷さんこそが自由を失っている。
ヤングケアラー支援という視点からは、この部分のサポートが重要になる。つまり第三者が親子双方をサポートすることで、子どもが自分の学習や遊びを奪われないようにするということである。
さて、代理することを要請したのは母親の「うつ」であったり失踪なのだが、もう1つの条件は貧困である。貧困ゆえに手続きや、お金を借りに頼みに行くという行動が要請される。ヤングケアラーは家族をケアするだけでなく、付随して貧困や制度的な排除、差別といった社会構造のなかでのハンディキャップや理不尽を背負い込む。
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