高山登山者は「脳の腫れ」に注意すべき医学的理由 命を脅かす「高地脳浮腫」を発症することも

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ヒマラヤの診療所で働いているときに、私はほぼ毎日、頭痛、吐き気、食欲不振、不眠を訴える患者を半ダースは診察した。どの場合も、どのぐらいの時間をかけてここまで登ってきたかをたずねた――急いで登ってきたなら、その症状は急性高山病(AMS)が原因だと指摘できる。

高度は心臓と肺のリズムに加え、もう1つのバイタルサインとなる。患者の脈を調べるのはもちろん、山を移動した際の詳細なスケジュールもたずねた。そこで役立った療法は、休息、服薬、数日かけて体を高地に慣れさせることだ。

多くの患者は、ヒマラヤの奥地まで車で到着したあと、AMSの症状が出た。車を使うと1日足らずで着くので、体が馴化する暇がなかったのだ。地元民ですら、ふもとを訪れたあと、車で帰宅するとAMSを発症した。

低地に数週間いただけで馴化は消える

長年高地に住んでいることで人体は長期的に馴化(じゅんか)し、乏しい酸素を細胞に運ぶのに役立つ赤血球がたくさん作られている。しかし、AMSを防ぐ馴化は、山でどんなに長く暮らしていても、低地に数週間いただけで消えてしまう。

AMSの患者に対して重視される検査はバランスだ。診察室の床に片足で立たせ、さらに一歩ごとにかかとで反対側の爪先にふれながら、まっすぐ歩かせてみる。この重要な診断検査は、患者の脳の腫れの重症度を教えてくれる。それが閾値まで達すると、頭蓋内の圧力によって、脳の基本的な調整能力がそこなわれてしまう。

バランスをとれなくなっているのは、ただのAMSではなくて、もっと危険な病状、高地脳浮腫(HACE)の最初の兆候であることが多い。

患者のなかに78歳の女性がいた。チベット人仏教徒の女性高僧で、周辺の高い谷間の崖に並ぶ洞窟に38年間、1人で住んでいた。1日の大半を瞑想して過ごしているという。孤独で静かな住まいが、精神修行に集中するためには必須なのだ。谷間の絶壁の高みにある洞窟は、社会のあわただしさからの隠れ家だった。

上に行けば行くほど酸素分子と同じく人も少なくなるので、高位の僧は山にこもる。ゆったりと暮らし、瞑想でマインドフルネスの状態になることが、この高地でどんなに動いても驚くほど呼吸が乱れないことに役立っているのではないかと、私は推測した。

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