高山登山者は「脳の腫れ」に注意すべき医学的理由 命を脅かす「高地脳浮腫」を発症することも
例えば、肺はつねにふくらんだり、しぼんだりするように作られている。おまけに、骨が平行に並び筋肉が付いた胸郭に保護されていて、それが肺といっしょにふくらんだり、しぼんだりする。
かたや脳を保護する頭蓋骨は、非常に硬くて動かない。新生児のときは動く部分があるが、生後数か月が過ぎてそこが閉じると、硬くて伸び縮みできない、ほとんど隙間のない頭蓋骨になる。外傷、感染症、腫瘍、あるいは高地への旅による、わずかな脳の腫れでも、たちまち頭蓋骨腔内はいっぱいになり、圧力が高くなる。
これによって脳の血液供給が停止したり、呼吸のコントロールなどの基本的な脳機能がとどこおったりして、しばしば急死にいたる。頭蓋内の血液を排出することは、実際にはほぼ不可能だ。適切な量の血液を排出するよりもずっと前に、人は脳が圧迫されることで死んでしまうからだ。
ただし、頭蓋内圧の亢進(こうしん)は治療できる。脳神経外科医は患者の頭蓋骨に大きな窓を開け、脳がつぶれずに広がる場所をこしらえる。そうした手術のおかげで、HACEから救われた人もいる。しかし、殺菌した手術室もなく、手術ができる脳神経外科医もいないヒマラヤでは、おそらく不可能だろう。
赤ん坊の脳と高齢者の脳の違い
生まれたとき、赤ん坊の脳はぽっちゃりしていて、表面は入り組み折りたたまれ、ほとんど隙間なく頭蓋骨の内側にぺったり張りついている。赤ん坊の頭のCTスキャンは、ラッシュアワーの混んだ地下鉄車内さながらだ。年をとるにつれ、脳は縮んでいく。そのプロセスはアルコール依存や脳卒中によって加速する。
高齢者のCTスキャンだと、脳は熟したブドウというよりも干からびたレーズンみたいに見え、ひだとひだのあいだにかなり隙間ができ、脳の外側とそれを取り囲んでいる頭蓋骨のあいだのスペースがあきらかに広がっている。縮んだ脳は望ましくないが、高所ではメリットもある。高齢者の脳は腫れてもスペースに余裕があるので、若くて健康なトレッカーよりも高山病に悩まされにくいのだ。
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