工事車両暴走で死者「インドネシア高速鉄道」の闇 早期開業圧力のしわ寄せ?線路敷設機材が大破
ほぼ同時期に、ほかの作業手順にも変更があった。従来は車両基地から作業現場まで重連(2両)の機関車がレール輸送貨車を推進運転していたが、12月上旬から車両基地―パダララン駅間は貨車の前後に機関車を連結するプッシュプル方式になった。この運転方式の採用で、従来は時速10km程度と極めて厳しく制限されていた運行速度が時速30~40kmほどにアップした。同駅に到着後は機関車をつなぎかえ、その先は従来と同様に重連の推進運転で作業現場までゆっくりとしたスピードで走行する。
実は、事故当日の朝はちょっとヒヤっとする事象があった。今思えば、これこそが事故の芽だったのかもしれない。
同日の列車は、車両基地からパダララン駅まで本務機(先頭の機関車)がDF4B型7553号機、後補機(貨車編成後部の機関車)が9129号機のプッシュプル方式で走行し、同駅で先頭の7553号機を最後尾につなぎかえ、重連推進運転で作業現場へと向かった。筆者は同駅で機関車をつなぎかえる作業の間に作業現場に先回りしていたが、列車が現場に近づいてくるのを見るなり、前日よりも明らかに飛ばしていることがわかった。そして、いかにも急ブレーキという乱暴な止まり方をした。
事故直前、砂埃を巻き上げて走る列車
列車は前述の通り、現場でTMLと連結して作業する。通常は現場に近づけば時速5kmも出ているかどうかの速度でそろりそろりとTMLに連結するが、この際は乱暴な急ブレーキにより、TMLよりもかなり手前で停車してしまった。連結位置まで進む際の運転も荒っぽく、貨車がガシャン!とものすごい音を立てて結構なスピードで走り出した。それを何度か繰り返してTMLと連結し、やっと作業が始まった。こんなやり方では貨車が脱線するのではと心配して見ていたが、この際はちょっと運転が荒い機関士なのだろうという程度にしか思っていなかった。
だが、その後もスピードの出し過ぎと思われる運転は続いていた。事故発生の直前、パダララン駅至近にある第10番トンネルのジャカルタ側坑口からDF4B-7553号機とTMLが出てくるところを動画で撮影していた人によると、列車は今まで見たこともないスピードで、明らかに速度超過していただろうという。確かに、敷きたてのバラストの砂埃を巻き上げて、轟音と共に進んでいく列車が映されている。
この区間は事故現場まで連続した下り勾配である。多少スピードを上げて運転していたのがどんどん加速して速度超過し、ブレーキが間に合わなくなってしまった可能性が高い。相当なスピードでなければ、レールのないバラストの上をTMLと機関車が100m以上も走り続けるとは考えづらいからだ。
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