いつでもつながれる「常時接続」がもたらした弊害 つながっていても「寂しい」のはいったいなぜ?

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携帯電話が急速に普及した当時、対面での会話を保留して、モバイル端末で「ここにいない人間」の対応を優先することに当時の人は驚愕し、戸惑っていたということです。もうすっかり忘れて久しい感覚かもしれません。

タークルが警戒心を示すのは、画面の向こう側のやりとりや刺激を優先して、対面の関係性や会話を保留するという新しい行動様式をモバイル端末が可能にしたことです。家で映画を観ていても、誰かと会ったり話したりしていても、テキストや電話、動画やスタンプ、ゲームやそのほかのさまざまな何かで中断してしまう。

つまり、複数のタスク(マルチタスク)と並行して、対面でのやりとりや行動を処理することに現代人は慣れてしまったのです。あるいは、対面・現実の活動も、「マルチタスキング」の1つとして組み込まれてしまうと言うべきでしょうか。並行処理すべきタスクの1つとして、現実の会話を捉える習慣がここにはあります。

「つながっていても一人ぼっち」

物理的にある場所にいても、実際には別のところにいることは珍しくありません。信号待ちをしたり、スーパーのレジを待ったり、会議に出席していたりするとき、興味を引くものがなくて退屈するなら、私たちはスマホを焦ったように取り出して、音楽を聴き、SNSを開き、誰かにテキストを送り、動画や記事をシェアしています。

このくらいならなんてことはありませんが、次の事例はどうでしょうか。

最近のティーンエージャーは、公園に向かって歩きながら携帯で話したりテキストを読んだりする親に育てられた。親は片手でテキストを打ちながら、もう一方の手でブランコを押していた。ジャングルジムの子どもを見上げながら電話をしていた。ティーンエージャーたちは、送り迎えの車中でも、家族でディズニーのビデオを見ているときも、親たちがモバイル機器を使っていたという話をする。

同じく2011年のタークルの本からです。電話というのがピンとこなければ、SNSや動画サイトなどと置き換えてください。

『スマホ時代の哲学 失われた孤独をめぐる冒険』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

もちろんこれは一概に責められるものではないでしょう。

例えば、大人が観るにはいささか単調な同じ映画を、一緒に観てくれと何度も何度もせがまれることが微妙な気持ちにさせることは想像するまでもありません。思わずスマホを取り出したくもなるはずです。それに、親しい人との食事中にスマホを触るなど、今日ではもはやよくあることですよね。

持ち歩けるデバイスを使って、ここではないどこかで別の情報を得たり、別のコミュニケーションに参加したりすることが可能になった状況を、タークルは「常時接続の世界」と呼びました。

スマホ時代の哲学のキーワードは、「常時接続」です。常時接続の世界において生活をマルチタスクで取り囲んだ結果、何1つ集中していない希薄な状態について、とくに人間関係の希薄さを念頭に「つながっていても一人ぼっち(connected, but alone)」と彼女は表現しています。

後編(2023年1月8日公開)では、常時接続で失われた「孤立と孤独」について解説します。

谷川 嘉浩 哲学者

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たにがわ よしひろ / Yoshihiro Tanigawa

1990年生まれ。京都市在住の哲学者。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。現在、京都市立芸術大学美術学部デザイン科特任講師。

哲学者ではあるが、活動は哲学に限らない。個人的な資質や哲学的なスキルを横展開し、新たな知識や技能を身につけることで、メディア論や社会学といった他分野の研究やデザインの実技教育に携わるだけでなく、ビジネスとの協働もたびたび行ってきた。

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