「専門職エリート」が現代の「支配階級」である理由 「保守」サイドからの「アメリカ階級社会」批判

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『新しい階級闘争』の著者、マイケル・リンドは1962年生まれ。現在の公式の肩書はテキサス大学オースティン校の教授であり、これまでにリベラルから保守に至る左右さまざまな雑誌に寄稿してきた知識人である。リンドは、これまでいろいろと紆余曲折あるとはいえ保守と呼べる人物だが、「ラディカルな中道」と自他ともに呼ぶ立場をとってきた。

そのリンドの経歴で見落とせないのは、かれがかつてネオコンの薫陶を受けていたということである。リンドは学位取得後、ヘリテージ財団と国務省勤務を経て1990年代の前半に、ネオコンの父として知られるアーヴィング・クリストルが創刊した『ナショナル・インタレスト』誌の編集主幹を務めた。

「ニュークラス」が支配するアメリカ

しかしリンドは1990年代半ばに、ネオコンとの決別をはたすことになった。

ビル・クリントン政権のその当時、ネオコンの世代交代が進むなかで、新しい世代のネオコンたちはアメリカのデモクラシーを世界に広める使命を主張し始めていた。9.11以降の2000年代、ジョージ・W・ブッシュ政権のもとでアフガニスタンとイラクへの侵攻を主導していったのが、まさにかれらだった。

リンドは1990年代半ばに、1988年の大統領選挙でブッシュ父と共和党内での指名争いをしたパット・ロバートソンのような宗教保守の影響が強まってきたことを理由として、一時的に保守から距離を置いたのだが、新しい世代のネオコンたちの過剰な使命感にも早くから疑問を抱いた。

新しい世代のネオコンたちが対外政策に影響力をふるう前にかれらと袂を分かったリンドだが、アメリカ社会をみる視座という点では、クリストルらネオコン第1世代と共通する理解をかれはもち続けた。

ネオコン第1世代がリベラリズムに背いて保守へと転向したのは、当時のアメリカで新しい支配者層がアメリカ社会を牛耳り始め、そのかれらがリベラリズムを変容させつつあるとみえたからである。その新しい支配層こそ大卒の専門職たちであり、クリストルたちは1970年代に、かれらのことをニュークラスと呼んだ。

専門的な知識を武器にして国家を自分たちの望むように変えつつあるニュークラスは、カウンターカルチャーの若者たちと同様にアメリカの伝統的な価値を破壊しようとしており、かれらからアメリカの社会と民衆を守らなければならない。この決意がネオコン誕生のそもそものきっかけだった。

アメリカは大卒の専門職が支配する国になっており、かれら新しいエリートは、自分たちにとって利用価値のある移民と一緒になって、今や没落させられているかつてのミドルクラスであるアメリカ民衆──大卒でなく、ハートランドのなかの、都市部以外のところに住んでいる白人たち──を隷属させているのだという見方は、ネオコンのライバルであるペイリオコンを経由して、親トランプの知識人たちにも今日、共有されてきた。

つまり大卒専門職のエリートが牛耳る階級社会アメリカという絵図は、右派のなかで幅広く継承されてきた、アメリカ社会を批判的に見るための枠組みなのである。

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