村田製作所の中国増産投資はなぜ非難されるのか 経済安保をめぐり性急な企業批判が台頭する危うさ

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また中国に依存しなくても済む生産体制の構築は、有事の際に中国抜きでも事業を継続できるようにすることを意味している。それは平時において中国事業を撤退させることを意図しているわけではない。各企業の取り組みや方針を正確に理解することが大事だ。

いざというときのためのコストをいわば「保険」として負担しつつも、平時の利益最大化を目指し続けるのは企業経営として自然な姿勢である。逆に経済安保を過剰に解釈して、各企業の個別の実態も理解せずに理不尽な非難を喚起することは企業活動を萎縮させ、日本の利益にもならない。

国内では人手不足問題も

円安もあり、現在は生産拠点を日本に戻す好機という指摘もあるが、この点でも村田製作所の取り組みは重要な示唆をもたらしている。

同社の国内生産比率は6割だが、それは日系ブラジル人をはじめとする多くの外国人労働者に支えられている面がある。主力の出雲工場がある島根県出雲市では、同社関連の従業員などで約2000人以上の日系ブラジル人が暮らし、ブラジル人コミュニティーが形成されている。村田製作所はポルトガル語の図書を自治体の図書館に寄贈するなど現地の多文化共生に寄り添った取り組みを進める。

人口減少が進む中、日本の人手不足はとくに工場の立地が多い地方ほど深刻だ。厚生労働省が発表した2022年9月の都道府県別有効求人倍率(季節調整値)をみると、村田製作所の工場が集中する福井県が国内最高の2.12倍(就業地別)に達する。

人手不足で外国人労働者を必要とする一方、最近の円安で日本は海外から見た労働市場としての魅力を喪失しつつある。また、そもそも日本社会は外国人労働者を積極的に受け入れるのか否かという国民的議論もおざなりだ。そうした事情を無視して、経済安保だけを理由に国内回帰やデカップリングを強固に主張するのはあまりにも性急で、バランスに欠いたものだと言えるだろう。

そもそも台湾有事が実際に起きれば、日系企業の中国工場が接収されるリスクどころではない。世界最大の東アジアのサプライチェーンは麻痺し、日系企業や日本経済の行方すら左右する。故・安倍晋三元首相による「台湾有事は日本有事」という指摘の真の意味を理解する必要がある。

中国に依存しないサプライチェーン構築は必要な取り組みだ。ただ中国が世界の工場となったのは一定の熟練度を持つ豊富な労働力があるためで、それを他国で代替するのは一朝一夕でなしえない。

また村田製作所のように有事に際し、中国に依存しない体制ができていても、平時においては中国は世界最大級の市場であり、中国経済が減速してもそれはしばらく変わらない。日本企業がシェアを維持して世界でプレゼンスを保つために、引き続き重要な市場である。

結局のところ、台湾有事を起こさせないよう抑止力を強化する取り組みが、対中国の安全保障では何より重要となる。日米台の防衛力強化とともに、中国進出企業を中心に日本の経済界が「台湾への強硬策が進むと、中国経済や社会に大きな支障を来す」という認識を現地に広げることも抑止につながる。

何が何でも普段から中国と分離すべきという主張はまったく日本の利益にならない。経済安全保障は国益のための手段であり、目的ではないということを踏まえて各企業の実態に合わせたサポートを進めるべきだ。

劉 彦甫 東洋経済 記者

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りゅう いぇんふ / Yenfu LIU

解説部記者。台湾・中台関係を中心に国際政治やマクロ経済が専門。1994年台湾台北市生まれ、客家系。長崎県立佐世保南高校、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、修士(ジャーナリズム)。日本の台湾認識・言説を研究している。日本台湾教育支援研究者ネットワーク(SNET台湾)特別研究員。ピアノや旅行、映画・アニメが好き。

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