対照的に現地拠点を設けず、ロシア市場には輸出で対応してきたホンダは撤退が容易である。FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の網の目を存分に生かした身軽さがある反面、経済制裁でSWIFTが停止されて資金の送金や収益の回収ができなくなる脆弱さもある。トヨタの場合は、海運会社が侵攻直後からロシア便を止めてリスク回避を徹底したため、制裁対象の半導体だけでなく、ほとんどの部品が現地に届かなくなり、工場が止まった。
かつて世界で最初に自動車を大量生産したフォードは、自動車を量産・販売することで、フォードの工場で移民労働者をアメリカの市民として「量産」する役割も果たした。冷戦中の東側陣営や権威主義体制の国々に西側の企業が進出することで、相手国の労働者に雇用が生まれ、所得が向上し、国全体が豊かになることで、自由で民主的な社会が実現するはずだった。
しかし顕在化した2つのリスクの板挟みは、今後こうした自動車産業の持つ波及効果を阻害し、発揮する機会を奪いはじめている。APIが2021年に行った経済安全保障100社アンケートでは、業種を問わず「米中板挟み」を回避することを求められているが、ウクライナ侵攻は両国を一層対決的に向き合わせており、カントリーリスクとレピュテーションリスクが合体したロシアのようなケースが今後増えることが予想される。
各企業任せにならないように
9月の報道によれば、ホンダは中国をサプライチェーンから切り離す検討作業をはじめた。膨大な検討事項があり難航が予想されるが、仮に中国向けの供給網と西側向けの供給網を別々に構築できたとして、サプライチェーンの強靭化には資するが、カントリーリスクとレピュテーションリスクの合体を切り離すことにはならない。中国で商売をする以上、西側諸国におけるレピュテーションリスクがつねにつきまとい、反面、切り離されたことで不利益を被る中国側が報復にでるカントリーリスクも残るからだ。
前出の関係者らの中で、日本市場におけるレピュテーションリスクを指摘した者は皆無だった。日本は米欧諸国と異なる、まれに見る冷静な世論なのか、単に無関心なのか、いずれにせよ、2つのリスクに直面したときの判断基準や対策を各企業に任せるのではなく、政府、産業、学界、そして広く国民が議論して備えることが求められる。
(鈴木均/地経学研究所主任客員研究員)
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