9年前に予見された「研究者大量雇い止め」の戦犯 必然の結果を防げなかった責任は誰にあるのか

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ただ、文科省がこの人事給与改革の評価ポイントとして示す内容は、若手の研究者や女性研究者らの雇用環境の整備や促進などだ。改正労働契約法と特例に沿った無期転換の推進を求める内容ではない。また、ポスドクとは大学院博士後期課程の修了から数年以内の研究者を指すもので、これも若手向けの支援だ。山中氏が懸念したベテラン研究者の雇用危機の回避とは関係ないのではないかと問うと、岡氏は「そこは捉え方による。我々は全体的な研究環境の整備を進めている」と答えるのみだった。

文科省が今年の2月に行った調査によると、国立大学85法人と大学共同利用機関4法人では2023年3月末で有期雇用が通算10年になる人が3099人おり、このうち1672人が2023年3月末までに契約を終了する通告を受けているという。不要な人材ばかりがリストラされるわけではない。昨年度も研究主催者から最高ランクの成績評価を受け、雇用継続を望まれているような人材も多く含まれている。

「当事者意識がなかった」

自民党衆院議員の大塚拓氏
自民党衆院議員の大塚拓氏は「改正研究開発力強化法は、あくまでも最低限の矛盾を解消したもの」と述べ、その後に見直しの議論が進まなかったことを問題視する(記者撮影)

「10年特例」を含む議員立法を出したうちの1人、自民党衆院議員の大塚拓氏も今回、東洋経済の取材に応じた。大塚氏は民主党政権下で成立した改正労働契約法自体に「大きな問題があった」と指摘したうえで、「実は、当時の厚労省の責任者も、改正労働契約法で研究者の状況を考慮しなかったことはミスだったと認めていた」と明かす。

研究プロジェクトの期間は一般的に、5~7年程度とされる。だが、もしも5年で雇い止めされかねない状況であれば、入って最初の1年は準備期間、後ろの1~2年は転職活動をせねばならず、2~3年ほどしか研究に集中できない。大塚氏はこうした問題点を挙げたうえで、「研究者の無期転換までの期間を10年に延ばす特例を議員立法で急いで整備することで、緊急避難的に対処した」と当時を振り返る。

有期雇用10年での大量雇い止め危機が迫るまでの猶予期間だったこの9年間、何をすべきだったのか。大塚氏は、「本来は、そもそも研究者にも無期転換の縛りがあるべきかどうか、それが研究開発の現場を見たときに適切なのかを、労働政策審議会(労使双方の代表者や有識者が参加する厚生労働相の諮問機関)でしっかりと議論すべきだった。問題の根本はそこにある。労働界も厚労省も文科省も、誰も当事者意識がなかった」と指摘する。

あと残り半年足らずで、このままでは多くの研究者が研究の世界から去らざるをえなくなる。岸田政権が成長戦略の第一の柱とする「科学技術立国の実現」に対して大きなマイナスになることは間違いない。残り時間は少ないが、政府は研究者の大量雇い止め問題について責任の所在を明らかにしたうえで、早急に対応を考えるべきだ。

奥田 貫 東洋経済 記者

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おくだ とおる / Toru Okuda

神奈川県横浜市出身。横浜緑ヶ丘高校、早稲田大学法学部卒業後、朝日新聞社に入り経済部で民間企業や省庁などの取材を担当。2018年1月に東洋経済新報社に入社。

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