ノーベル賞受賞の理論で「待機児童問題」を解決へ 「希望通りの園に行かせたい」親の希望叶える

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具体的にどういう問題が起こっているかというと、価格による調整が行われない状況では、供給より需要がたくさんある需要超過や、逆に供給のほうが多い供給超過の状態になる危険があります。たとえば、保育園の受け入れ先を決める際には需要超過が起きていると考えられます。いわゆる「待機児童問題」です。

「保育園に入れさえすればいい」ということでもないですよね。駅の近くにある便利な保育園は人気になり、そうではないところは希望者が少ないという事態も生じます。そういうときに、どうやって振り分けを決めるのかはすごく難しい問題です。

全員の希望通りには絶対にならないので、誰かに涙を呑んでもらわないといけない。100%理想通りとはならなくても、全体の納得感、満足感を高めるにはどういう決め方がいいのか。

「最適なマッチング」を構築

私たちはそういう難しい問題に対して、疑似市場的な機能を取り入れた仕組みで調整しています。具体的には、待機児童の数や入所児童の希望順位などをデータ化し、学術研究にもとづいて開発したアルゴリズムを使って、「最適なマッチング」を構築し、より多くの子どもを希望の保育園に割り当てていきます。

ここでいう最適なマッチングとは、自分の子どもが入れる保育園の中で、希望順位が一番高いところに決まることを意味します。

たとえば、自分の子どもの点数だと、A園、C園の2つの保育園に行けて、自分がB園、C園、A園の順で希望を出していた場合、入れる中で一番希望順位が高いC園に必ず決まるようになっています。希望者全員が、入れる中で一番行きたい保育園に決まるわけなので、全体の満足感は高まります。

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実際、私たちのチームが山形市からデータ提供を受け、マッチング理論をベースにしたアルゴリズムを実装するとどうなるかを検証したところ、「待機児童が60%減る」という試算が出ました。これはあくまで理想値なので、現実ではここまでのパフォーマンスは出ないと思いますが、ある程度の効果は期待できるはずです。

また、多摩市では、2022年から、保育園の振り分け選考を行う際に、私たちが提案したアルゴリズムを活用しています。この取り組みの成果は現在検証中ですが、待機児童問題の解決に役立つと期待しています。

アメリカ社会では、マッチング理論が多様な分野で取り入れられています。一方、日本では研修医の配属などで一部利用されているものの、まだまだ浸透していない。私の研究成果を使って、実社会で生じているさまざまな問題を解決していく。そうすることで、日本社会の未来を少しでもよくしていきたい。それが私の目指していることなのです。

小島 武仁 経済学者、東京大学大学院経済学研究科教授

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こじま ふひと / Fuhito Kojima

東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長。1979年生まれ。2003年東京大学卒業(経済学部総代)、2008年ハーバード大学経済学部博士。イェール大学博士研究員、スタンフォード大学助教授、准教授を経て2019年スタンフォード大学教授に就任。2020年に母校である東京大学からオファーを受けて17年ぶりに帰国し、現職。専門は「マッチング理論」「マーケットデザイン」。

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