「穴を掘って埋める」ケインズ主義批判の大誤解 貨幣なき物々交換を想定している主流派経済学

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しかし、実際には、ケインズは、著作の中で、不況で失業者が生じている時に、自由放任を信条とする政治家たちに対して、何もしないでいるよりはお札を詰めた壺を廃坑に埋めるとかした方がまだましだという皮肉を言ったのでした。しかも、それに続けて、「もちろん、住宅やそれに類するものを建てる方がいっそう賢明であろう。しかし、もしそうすることに政治的、実際的困難があるとすれば、上述のことはなにもしないよりはまさっているであろう」と書いています。住宅建設など、より賢明な公共投資がやりたいならば、もちろん、その方がいいとケインズははっきりと言っているわけです(以下、J・M・ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』(東洋経済新報社)を参照)。

ところが、世の中では、この表現のニュアンスを理解できないどころか、ケインズが書いたものすら読まずに、「ケインズのように、穴を掘って埋めればいいなどというものではない」などといった言い回しで、財政政策を批判する人が後を絶ちません。

自分よりはるかに優れた人間を曲解した上で得意そうに批判してみせる人がよくいますが、これなどは、その最たる例でしょう。

「貨幣」と「不確実性」

もっとも、そんなことよりも大切なのは、ケインズがどうして不況の時には財政政策が必要だと考えたのかを理解することです。

そこには、深い理由がありました。

それは、簡単に言えば、次のとおりです。

もし、「古典派経済学の原理」(今日で言う主流派経済学、要するに標準的な経済学の教科書)が正しければ、市場の価格メカニズムによって、需要と供給は一致するようになる。つまり、商品を作って市場に出せば、商品の価格が上下することで調整され、必ず売れる。そして、労働者は、その商品を作る仕事につくことができる。したがって、働きたいのに働けない(「非自発的」)失業者は、いなくなる。

しかし、現実の世の中には、このように需要と供給が均衡して、失業がなくなるような状態になるのを妨げる障害があります。

それは、貨幣の存在です。

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