森永卓郎さんが明かす「相続は地獄の作業だった」 糖尿病にライザップ、今農業と実は波乱な半生
やっと探しあてた父の銀行口座は残高700円
――相続に関しては大変な苦労をされたようですね。
2011年に父が亡くなり、最も困ったのは、資産や負債のリストが皆無だったこと。たぶん母(2000年死亡)がみな管理をしていたのだろう。
私も油断していた。父が銀行に貸金庫を借りていたので、預金通帳などはすべて貸金庫に入っているものと思い込んでいたのだ。貸金庫を開けてみたら、大学の卒業証書や記念硬貨しか入っていなかった。仕方がないので、父宛に届く郵便物を仕分けし、金融機関から届いた手紙も全部調べ、どこに口座があるか見当をつけて聞きに行く、地道な作業を続けた。
――それで最終的にはすべて判明したのですか。
残念ながら、ネット銀行・ネット証券の口座は、郵便物が来ないのでわからなかった。それ以上に不明だったのが借金。手掛かりすらなく、これはある意味で恐怖だった。噂では、悪徳金融業者は借金を放棄できない相続後10カ月のタイミングで「払え」と言ってくる、という話を聞いていたので……。結局、誰も来なかったので、借金はなかったと結論付けた。
――郵便物から判明した口座は、無事、手続きを進められましたか。
口座を見る際、父が生まれてから死ぬまでの戸籍謄本をすべて取ってくるよう、銀行から要求された。「すべての戸籍を確認しないとお父さんに愛人や隠し子がいるかもしれないから」という言い分だ。父は新聞記者で全国各地に赴任していたからそろえるのは大変。東日本大震災直後で私の仕事にキャンセルが相次いだが、そうでなければ、相続税の納付期限の10カ月後に間に合わなかっただろう。
ある区役所は空襲で焼けて戸籍謄本が残っていなかった。銀行にその旨を伝えたら、「消失した証明書を出してもらって」と言われ、それを区役所にお願いしたら、「そんなものは普段出してない」と。やっと、区役所から特別に証明書を作成してもらい、銀行に提出した。またある銀行では、苦労して口座残高を開示してもらったものの、残高が700円(笑)。さすがに頭にきて放棄した。
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