「匂いや音に敏感な子の母」が抱く12年間の後悔 親が望んでいる反応を子に求めるべきではない

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加藤さんの母:彼が困ったとSOSを出しているときも「気にしすぎ」「神経質だね」などと軽く受け流すような言葉を投げつけることもなかったかもしれません。

親が無知であったがために、息子が不遇な12年間を過ごしたならば、親として本当に申し訳なく思います。親の思い込みで「神経質な部分がある子」と判断し、子どもの気質によるものだと、それ以上の理由や対策方法を探ろうとしなかったのですから。

「感覚過敏」という共通語が親子の間にでき、私たち親子はよい関係になれたように思います。息子が「できない」「やりたくない」というものを「普通」にあてはめて強要することはなくなりました。

これまで「やりたくない」という彼の主張を「本当に弱い子だな」とため息混じりで受け止めることもありましたが、「やりたくない」の背景に感覚過敏が影響していることを想像できるようになりました。

親が望む反応を子どもに求めるのはエゴ

たとえば、中学2年生の4月、息子の学校はオリエンテーション合宿が2泊3日で予定されていました。息子は「行きたくない」と言いました。これまでの私なら、「思い出になるからがんばって行ってきなよ。食事のことは先生に相談してみよう」と言ったでしょう。

1年生の合宿も食事が食べられない問題のほかに、騒がしさで頭痛が出てしまい部屋でひとりで寝ていたようです。そんなエピソードがあっても、私は「学校行事の思い出優先」な思考をしてしまう人間です。

けれど、感覚過敏という言葉に出会い、その生きづらさを抱える方々の声に触れ、「我慢とか根性の問題ではない。本当に体への負担が大きいのだ」と理解できるようになりました。

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