「天丼てんや」人気支える味への徹底したこだわり 年7回限定品で訴求、看板商品は500円から値上げ

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2021年1月、TBS系のテレビ番組「この差って何ですか?」で「天丼てんや」が取り上げられ、当時の「創作天丼売り上げベスト5」も発表された。参考までにその内容をお知らせしよう。

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産業能率大学の学生とコラボした「鶏あえず食ってみ天丼」(980円)も今年7月31日まで販売された(写真:ロイヤルホールディングス)

天ぷら、天丼を“ファストフード”に戻した

少し引いた視点で日本の生活文化を考えると、「天丼てんや」は、天ぷらや天丼を “元祖ファストフード”に戻した存在といえそうだ。

屋台料理として広がった天ぷらは、江戸時代末期から明治時代にかけて専門料理店や料亭で出されるようになり、職人が作る高級料理となっていく。

時代は飛ぶが、昭和50年代でも、町の食堂メニューの「天丼」は、かつ丼よりも数百円高く、1000円を超える店が多かった。以前、取材でその理由を聞いた際は「当時は冷凍技術も発達しておらず、一般の食堂では手のかかるメニューだった」という答えが返ってきた。

今でも東京・浅草には天丼を提供する店が多い(筆者撮影)

そんな「天ぷらの大衆化」を実現したのが、「天丼てんや」の創業者・岩下善夫氏だ。マクドナルド出身の岩下氏は、知人を通じてコンピューター制御の「コンベア式フライヤー」を開発した。これにより、訓練を受ければアルバイトの従業員でも調理できるようになり、低価格も実現した。今でも「オートフライヤー」は店の心臓部だ。

昭和から平成となった1989年4月、「天丼てんや」1号店が東京駅八重洲地下街に開業。1杯500円の天丼を求めて開店初日には200メートルの行列ができたという。

「てんやの最大の特徴は、お客さまに揚げたての天ぷらを短時間で提供することです。その姿勢は、創業時も現在も変わりません」(生田氏)

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