一度、自分も交番に行って相談したことがあるんです。親身に聞いてはくれたんですけど、「僕らは現場を目にしないと乗り込めないんですよ」ということで。「近くで待機することはできるから、いざとなったら電話してください」と言われたんですけど、いざというときに電話できる状況なわけなくて。労基にしても同様で、何か決定的な証拠を押さえないと踏み込めないという話でした。
――必要なときに警察や労基が頼れないというのは重大な社会課題ですね。
そうですね。警察や労基の権限がもっと強くならないと助からない人だらけだと思いますし、今の法律ではどういう状況なら頼れるのか、どういうときなら動いてくれるのかというノウハウが社会に浸透していなさすぎると感じます。それさえしっかり知らされていれば、私たちの場合も助けてもらえたと思っています。
――警察や労基が絡む事態に至っても、やはりこの店を離れようとは思わなかったのでしょうか。
むしろ私が後輩を守らないとと思ったんです。当時はスーシェフもいなくて、立場的にも私がオーナーに次ぐポジション。この人をなだめられる人がいるとしたら私だけ。後輩とお店を守るのに精いっぱいでした。
過酷なパティシエ業界、同業者への相談は機能せず
――同業者と話すことはありましたか?
当時、同業の友達に相談したことはあります。でも総じてみんな余裕がなかったというか。程度の差はあっても労働時間が長いのはどこも一緒で、みんな睡眠不足だし、手は荒れてボロボロ、疲労でいっぱいいっぱいで、他人の悩みに寄り添える状態じゃありませんでした。
でも、どのお店も過酷な労働を強いているとはいえ、怒鳴ったり暴力を振るったりする上司や先輩の話は滅多に聞きませんでした。
同業者がそんな感じだったので、ネット上の異業種の友達が本当に心の支えでした。仕事の話をすると当たり前に心配してくれたんです。それが常識的な世界との唯一の接点でした。
――親を頼ろうにも、低賃金すぎて実家への行き帰りの交通費が捻出できない、というのはよく見聞きしたケースですが、佳奈さんの場合はいかがでしょう。
わかります。月々の稼ぎからすると新幹線代が高すぎて。
――そもそも家族が助けになってくれる家庭環境の方ばかりではないですしね。
私の場合、親との関係はいいです。ただ、だからこそ実家は絶対に頼れなかったんです。
――どういうことでしょうか?
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