意外!豊臣秀吉が「徳川の時代に大人気」だった訳 戦国武将のイメージは現代とは大きく異なる

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ちなみに、神功皇后は仲哀天皇の后で、応神天皇の母である。『古事記』『日本書紀』によると、神功皇后は妊娠中であるにもかかわらず、兵を率いて朝鮮半島に渡り、新羅を攻めた。新羅は戦わずして降伏し、毎年朝貢することを誓った。高句麗・百済も朝貢を誓った。俗にこれを「三韓征伐」という。

神功皇后の三韓征伐はあくまで神話であり、歴史的事実ではないが、中世には話にさらに尾ひれがつき、社会に広く浸透していた。ともあれ、朝鮮との関係修復に苦労した江戸幕府から見れば、豊臣秀吉の朝鮮出兵は愚行以外の何物でもなかっただろう。

貝原益軒「大義名分のある戦争でも自衛戦争でもない」

より本質的な批判もある。

朝鮮王朝の宰相である柳成龍が執筆した文禄・慶長の役の記録『懲毖録』が、日本でも元禄8(1695)年に刊行された。福岡藩黒田家に仕える儒学者・貝原益軒が、この和刻本に序文を寄せている。

貝原益軒は次のように論じる。戦争には義兵・応兵・貪兵・驕兵・忿兵の5つがある。仁徳ある為政者は義兵(正義の戦争)と応兵(自衛戦争)のみ行う。国家が戦争を好めば必ず滅び、天下が戦争を忘れれば必ず危うい。

豊臣秀吉の朝鮮出兵は貪欲・驕慢・憤怒に基づく貪兵・驕兵・忿兵であり、大義名分のある戦争ではないし、やむをえない自衛戦争でもない。正当な理由なく戦争を起こすことは天道の憎むところであり、豊臣家が滅亡したのは自業自得である、と。武力行使を嫌うのは儒教的思考である。また、ここにも天道思想の影響が看取される。

江戸時代の支配的な思想である儒教に照らせば、豊臣秀吉の朝鮮出兵は一片の正当性もない暴挙である。戦後歴史学における「朝鮮侵略」批判と相通じる評価と言えよう。

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