アメリカで600万人が「地球平面説」を信じる理由 「陰謀物語」という疑似宗教が持つ力と危険性

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陰謀論的世界観はエゴを満足させる。この点が、ひとたび陰謀論の世界にはまった人を現実に引き戻すのが難しい理由の1つだ。陰謀論のナラティブの中にいる限り、そこではヒーローでいられる。自分が間違っていると認めれば、信じていたものとは違う物語の中にずっといたことを認めるはめになる。

物語はモンスターに突撃する自分と仲間を主人公にした英雄叙事詩ではなかった。物語は滑稽な悲劇であり、自分は風車に突撃していただけだったのだ。

物語パラドックスが最も純粋に表れている「宗教」

陰謀物語を疑似宗教に分類する心理学者もいる。陰謀物語の形態と機能は伝統的な宗教に類似しているのだという。宗教の信者も陰謀説の信者も喜ばない類比だが、たしかになるほどと思わせる。陰謀説と伝統的宗教の原理主義的な特徴は明らかにきわめて類似している。これは、文化が生んだ最も荘厳なナラティブと最も卑近なナラティブが、ナラティブ心理の同じ面から発生することを示唆している。

例えば、地球平面説やQアノンのような陰謀物語もキリスト教のような宗教も、クチコミのストーリーテリングで広まった運動だ。どちらも、悪と戦う大義ある聖戦の主人公として信者に協力を求める。そしてどちらも、活性化する感情を喚起し、信者にいい(あるいは悪い)知らせを伝道者の熱意をもって広めさせることによって、口づてに広まる。

しかもどちらの現象も、それを否定するエビデンスを鉄壁のように跳ね返すという特徴がある。陰謀物語は、その物語を否定するエビデンスがことごとく信者の創意あふれる再解釈によって肯定するエビデンスにされてしまうことでよく知られる。

そしてこの否定的なエビデンスに動かされない頑固さは、宗教においてもまったくめずらしくない。つい数百年前まで、ほとんどの宗教の信者は聖典を文字どおりの真実と受け取る原理主義者だった。その後、聖典が主張していた検証可能な事実、例えば宇宙の年齢、惑星の形成、太陽系の仕組み、生命の発生などの誤りを科学が辛抱強く証明していった。

原理主義の信者もいまだにいる。この科学をフェイク・ニュースとして退ける人々だ。だがほとんどは聖典を比喩として解釈する方向に転じた。「完全無欠のわが聖典の検証可能な細かい事実が誤りであることはたしかに証明されたが、私の宗教が100%正しいことに変わりはない。神が教条的な直解主義に陥るはずがないではないか」というわけだ。

そして神が全知全能にして善なる存在であるという想定と大きく齟齬をきたすように思われる出来事(例えば2004年に女性や子供を中心に約20万人の無辜の人々が亡くなったインド洋の津波)が起こると、敬虔な信者は決まり文句(「神の業は人知の及ばぬもの」)で信仰を弁護するか、鉄槌を振りかざして脅す(「神の計画に疑問を唱えるお前は何様だ?」)。

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