「安倍晋三元首相の死」で為替は円高方向に向かう 悪い円安という意識はどこからやって来るのか

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と、ここまで書いて7月7日夜に編集部に入稿したのだが、翌8日になってとんでもない事件が起きてしまった。参議院選挙投票日の2日前、応援演説中の安倍晋三元首相が凶弾に倒れたという。

背後関係は現時点ではまったく不明なるも、とんでもない事件である。平和な日本、物事は万事、選挙で決まるというありがたい日々が終わってしまうのではないかと、不穏な気持ちにさせられる事件である。そこで急遽、この事件が為替市場に与える影響について加筆しておきたい。

参議院選挙が無事に終了した場合、次に自民党内で生じるのは「アベノミクスの継続か、見直しか」という仁義なき路線闘争となるはずであった。現在、自民党内には積極財政を求める若手グループと、財政規律を重視するベテラン勢の対立がある。そして、前者を束ねていたのが安倍元首相であった。

安倍元首相の死で、今後は円高方向へ

他方、岸田文雄首相は後者の側に立ち、着々と「安倍離れ」を意図していた。そのことは防衛事務次官人事などに萌芽が見られていた。

となると、この事件で党内バランスは大きく変わることになる。参議院選挙後の経済政策は、財政規律重視とアベノミクスの見直しということになっていくだろう。「ポスト黒田」の日銀総裁人事も波乱なく決まり、YCC(イールドカーブ・コントロール)の是正もそれほど遠くはないのではないか。

このことが為替相場に与える影響は、明らかに円高方向となろう。7月8日夜に公表されたアメリカの6月雇用統計は、NFP(非農業部門の雇用者数)が5月比37.2万人増と市場予測を大きく超えた。そのために、7月FOMC(連邦公開市場委員会)の0.75%利上げの公算が高まり、目先はドル高となっている。

なるほど日米金利差は拡大するかもしれない。が、これから先は、むしろ円高となるのではないか。

あまりにも利上げが急激なので、アメリカ市場は早くも景気後退やスタグフレーション(不況下の物価高騰)の可能性を織り込み始めている。ゆえに長期金利の日米差はそれほど広がっていない。

この場合、円資産はむしろ絶好の資金の逃避先となりうる。これから先の日本市場が、バーゲンハンティングの場となる可能性は十分にあるだろう。為替の世界においては、少数意見が勝ち組となることは少なくないものだ。皆が「悪い円安」と口をそろえるときには、その逆の可能性を探ってみるのも悪くはないだろう。

安倍元首相が亡くなられたその日のうちに、こんなことを書くのはわれながら人の道を外れているのではないかという気がする。だが、マネーの世界、為替の世界とは元来そういうところがある。例えばボリス・ジョンソン首相の辞意表明とともに、英ポンドが買われたりもする。

「東洋経済オンライン」や「会社四季報オンライン」のマーケット欄もまた、そういう場であると考えて、本稿をこういう形で擱筆することにしたい。安倍元首相のご冥福をお祈りする。合掌(今回の競馬コーナーはお休みです。ご了承ください)。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

かんべえ(吉崎 達彦) 双日総合研究所チーフエコノミスト

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Kanbee

吉崎達彦/1960年富山県生まれ。双日総合研究所チーフエコノミスト。かんべえの名前で親しまれるエコノミストで、米国などを中心とする国際問題研究家でもある。一橋大学卒業後、日商岩井入社。米国ブルッキングス研究所客員研究員や、経済同友会代表幹事秘書・調査役などを経て2004年から現職。日銀第28代総裁の速水優氏の懐刀だったことは知る人ぞ知る事実。エコノミストとして活躍するかたわら、テレビ、ラジオのコメンテーターとしてわかりやすい解説には定評がある。また同氏のブログ「溜池通信」は連載500回を超え、米国や国際政治ウォッチャー、株式ストラテジストなども注目する人気サイト。著書に『溜池通信 いかにもこれが経済』(日本経済新聞出版社)、『アメリカの論理』(新潮新書)など多数。競馬での馬券戦略は、大枚をはたかず、本命から中穴を狙うのが基本。的中率はなかなかのもの。

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