「安倍晋三元首相の死」で為替は円高方向に向かう 悪い円安という意識はどこからやって来るのか

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それではこの10年で、日本の製造業は何か画期的なものを生み出しただろうか。むしろ円安が続いた間に、東芝など多くの製造業がダメになってきたのではなかったか。

逆にトヨタ自動車が、世界初のハイブリット車「プリウス」を世に送り出した1997年直前は、かなり厳しい円高局面であった。円安下の日本では、その手のイノベーションがあまり起きていない。製造業の現場、とくに技術者はマゾヒスト的なタイプが多いので、実は円高に追われているときのほうが力を発揮できるのかもしれない。

円安は「ぬるま湯」か「強い追い風」か

おそらく今後、再び1ドル=100円割れといった円高局面が来た場合、多くの日本の製造業はもう太刀打ちできなくなっているのであろう。つまりこの10年、円安というぬるま湯に浸かっている間に、この国はモノづくりの競争力を毀損してしまった。

そのことを自覚しているからこそ、一層の円安に対する警戒感が強くなっている。「悪い円安」論議の裏側には、そういう心理があるのではないだろうか。

いや、円安が確実に効果を上げた分野もある。2011年の621万人から、2019年の3188万人まで、いわゆるインバウンドが実に5倍に増加したツーリズムはその典型だ。「日本は安くて美味くて面白くて快適」であることを知った外国人観光客が、リピーターとなって大勢繰り出してきてくれた。それは地方経済を潤し、「まちおこし」に力を与えてくれた。

あいにく観光産業は、コロナ禍で今は業界全体がしぼんでしまっているが、それでも先月、筆者が訪れた奈良市では、ちゃんと修学旅行が復活していた。中学生のとき以来という東大寺の大仏様を見てきたが、なんと午前8時にはどこかの学校の生徒さんたちが並んでいたのには驚いた。彼らはいったい、1日にどれだけ回るのだろう?

幸いなことに入国制限も緩和に向かい、インバウンドは徐々に戻ってきてくれそうだ。ただし1ドル=130円以下のレートで見た場合、今の日本の観光資源はReasonable(お買い得)を通り越してしまってCheap(安い)に見えてしまうのではないか。

いや、物価が安いことはそれ自体が魅力となりうるのだが、海外からのお客さんを十分に満足させるための投資が行われているだろうか。今の日本の観光施設は、本当の意味で世界の富裕層をひきつける力があるのかどうかは気になるところだ。

つまりわれわれは心の奥底で、この10年間の円安局面をうまく生かしてこなかったという「後ろめたさ」を感じている。その結果として、この国は諸外国に比してどんどん貧乏になっている。このまま円安が続けば、それこそ取り返しがつかなくなってしまう。だからこそ、「悪い円安」という言葉が出てくるのではないだろうか。

次ページ8日にまさかの訃報が……
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