アベノミクスが実現してから経済格差が広がったかというのであれば、それは物事の断片に固執した、「視野が狭い見方」といえるのではないか。
経済を俯瞰できない、残念な人々
筆者が思い出すのは、アベノミクスが始まる直前の2年前の2012年11月末に、野田首相(民主党)が、金融緩和強化を訴えた安倍自民党総裁(いずれも当時)に対して発言した、以下の言葉だ。
野田首相「安倍さんのおっしゃっていることは極めて危険です。なぜなら、インフレで喜ぶのは誰かです。株を持っている人、土地を持っている人は良いですよ。一般の庶民には関係ありません。それは国民にとって大変、迷惑な話だと私は思います」(拙著「円安大転換後の日本経済」(光文社、205ページより)。
当時は日本のリーダーであり、民主党のトップだった野田前首相が「株高などで資産保有者が豊かになるだけで、インフレで庶民は苦しくなる」などといった、断片的な事象しか認識していないようだから、極めて残念としか言いようがない。これが典型例だが、ピケティ氏の権威でアベノミクス批判をする人々も、これと同様で、経済全般がどういうメカニズムで動くかを俯瞰できない思考体系から、いまだに抜け出せないようにみえる。
なお、景気回復と同時に、株式市場において株高が起きるのは自然なことだ。過去2年に実現した程度の日経平均株価の上昇は、企業業績の改善を反映しており、バブルの領域にあるとは言い難い。アベノミクスの最重要政策である金融緩和策に対して、ピケティ氏が懐疑的であると伝えているメディアもあるが、「金融緩和政策の行き過ぎがバブルを招く」という、一般論を述べたに過ぎないのではないか。
そして、アベノミクス発動で実際に起きたことは、これまでのコラムでも指摘しているが、株高や脱デフレだけではない。株高などと同時に始まった経済成長の高まりが、労働市場の環境を大きく変えた。2012年まで減少し続けた雇用者の数は増加に転じ、高止まっていた失業率は大きく低下した。インフレの到来と同時に、失業者と連動して変動する傾向がある自殺者の数も、アベノミクス発動後に大きく減少している。
2012年までの民主党政権時代には、デフレ対応としては不十分な金融政策と東日本大震災後の緊縮的な財政政策という、経済学の教科書に反した政策対応に終始し、デフレ不況が深刻化した。このため、当時は100万人規模の人々が、職を得にくい状況だった。
その後、アベノミクス発動後の2年間で約100万人の新たな雇用者が生まれた。職の機会を得られず、苦しんできた多くの人々の所得を底上げした。深刻な社会問題だったデフレ不況が招く低所得世帯が減ることで、日本では「経済格差の是正」がアベノミクスによって起きたのである。
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