「野垂れ死のう」向かった座間市で予想外の顛末 「どんな人も見捨てない」福祉のプロの支援策

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最終的に、志村の自宅は同じ街に住む彼の姉が購入することになった。姉との関係は断絶していたが、弟の近況を聞いた姉が支援を申し出たのだ。

武藤や内山、中川、古谷などの支援で住居確保と債務整理にめどがついた志村は今、障がい者に就労の場を与える障がい者支援施設の正社員として働いている。

この仕事は、自分でハローワークに行き、自分で探し出した。座間市に来てからの自分は、生活援護課に頼りきりだった。でも、最後は自分でなんとかしたいと、ハローワークに出向いたのだ。そして、障がい者施設の雇用を見つけて面接に臨み、採用を勝ち取った。

正式に採用された旨を電話してきた志村に、武藤はこう声をかけた。

 

「今のご時世、正社員は難しいのに志村さんはすごいですよ。私も志村さんも人を支援する仕事。不思議な感じがしますね」

 

なぜ障がい者支援施設だったのか。その点を志村に尋ねると、彼はこう答えた。

「これまで全く無関係な自分のために、武藤さんや中川さん、古谷さんなど、たくさんの人が手助けしてくれました。その姿を見て、自分も他人のために何かしたくなったんです」

横にいた武藤は、その言葉を聞いて言った。

「なりたい自分があるのであれば、私たちは全力でお手伝いします」

意を決して帰郷。家族の反応は…

志村に訪れたもう一つの変化、それは故郷に対する思いである。

誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課
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さまざまなことが重なり、逃げ出すように故郷を出てきた志村。だが、生活が落ち着いてくると、故郷を懐かしむ思いが去来するようになった。嫌なこともたくさんあったが、生まれ育った街であり、自分が生きた舞台だ。両親の墓も残っている。

嬉しいことに、散々迷惑をかけた姉は、古谷を介して「怒らないから一度、帰ってこい」と言ってくれている。今も地元に帰ることに対する恐怖心は残っているが、迷惑をかけた姉にはしっかりと謝らなければならない。

そして、意を決した2021年の年末、志村は故郷に帰った。

「怒られると思いましたが、終わったことは仕方がないって。いい話ができました」

そう語る志村の顔には、精気が漲っていた。

篠原 匡 作家・ジャーナリスト・編集者

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しのはら ただし / Tadashi Shinohara

1999年慶應義塾大学商学部卒業後、日経BPに入社。日経ビジネス記者や日経ビジネスオンライン記者、日経ビジネスクロスメディア編集長、日経ビジネスニューヨーク支局長、日経ビジネス副編集長を経て、2020年4月にジャーナリスト兼編集者として独立
 

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