「野垂れ死のう」向かった座間市で予想外の顛末 「どんな人も見捨てない」福祉のプロの支援策

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ギャンブルにお金をつぎ込んだわけでもなければ、女性に入れあげたわけでも、贅沢な生活をしていたわけでもない。どちらかといえば、慎ましい生活をしていた。ただ、自分の収入に鑑みると、マイホームの購入で少し無理をした。それが、月々の生活を圧迫した。

それでも、初めは土日にバイトを入れることで、月々の不足を補った。だが7、8年前、どうしても足りず、カードローンに手を出した。以来、カードローンの残高は積み上がり、借金の沼から抜け出せなくなった。

「金銭にルーズだったということに尽きますね」

志村は自嘲気味に語る。

家計が厳しいということを早めに妻に相談できれば、生活費を節約したり、パートに出たりするなどして対応してもらえたかもしれない。だが、プライドが邪魔をしたのか、志村は妻に言い出せなかった。妻は、夫が普通に働き、お金を稼いでいると思い込んでいた。

だが、自転車操業のような生活は終わりを迎える。借入金限度額の上限に達してしまったのだ。住宅ローンを含めた借金の総額は2000万円を超えていた。

そして、すべてを打ち明けると、妻は子どもを連れて家を出た。最終的に、慰謝料と養育費を払わない代わりに、親権は妻が持つという条件で離婚が成立した。 

2020年8月、コロナ禍の中での出来事である。

一人残された志村は借金を返済するため、27年間勤めた会社を辞めた。借金の返済に充てる退職金が目的だった。だが、悪いことは重なるものだ。飲食店のバイトを始めたが、仕事や若者中心の職場に馴染めず、次第に店長からきつく当たられるようになった。

借金と離婚で精神的に参っていたところに、新しい職場の人間関係の不調である。何もかもが嫌になった志村は、すべてを放り出して故郷を後にした。そして11月下旬、カバン一つで軽バンに乗り込むと、東京に向かってアクセルを踏んだ。

「暖かい場所へ行きたい」さすらいの末、座間市へ

「すべてから逃げ出したかったんです。夜逃げ同然? そうですね。まさに夜逃げでした」

志村はそう振り返る。

東京を目指したのは、最終的に東京でホームレスになろうと思っていたからだ。道の駅の駐車場で寝泊まりしながら東京を目指し、所持金が切れた段階で車を乗り捨てホームレスになる。最後は路上で野垂れ死ぬ──という計画である。

「自死」という選択肢が脳裏によぎらないこともなかったが、自分は自殺ができるような人間ではないと、すぐに思い至った。

道の駅を転々とする生活を始めた志村は、北関東に入った後、群馬、栃木、埼玉、茨城、千葉と、道の駅を求めて南下した。長時間、道の駅に駐車していると怪しまれるため、昼間はコンビニで時間を潰し、夜遅くに道の駅に行った。

「車中泊の間、一番気をつけていたのは警察の職務質問です。一度、福島で呼び止められまして。この時はテールランプが切れていることを指摘されただけでしたが、根掘り葉掘り聞かれると面倒だな、と」

そうこうしているうちに12月になり、夜の寒さでまともに眠れない日が増えた。少しでも暖かいところに移ろうと、スマホで関東近郊の気温を調べると、神奈川県の気温が他よりも少しだけ高い。そこで、神奈川県に移動することにした。

死のうとしている人間が、寒さに震え、暖かい場所を目指すのも不思議な話だが、それも含めて人間のリアルだろう。

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