前代未聞のラガルドブログ、9日にECBはどう動く 注目点は「利上げ幅」と「再投資停止の時期」

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もう1つの注目点は再投資停止の時期である。APPの終了時期とその後の利上げ時期に市場の注目が集まってきたこともあり、ECBのバランスシートについてはまだ予想形成が進んでいないように見受けられる。昨年12月の政策理事会でパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)による保有資産の再投資を「最短でも2024年末まで(until at least the end of 2024)」という表現と共に1年間延長した経緯がある。

わざわざ「最短でも」と言いながら、これを2023年末や2022年末に前倒しするのは普通に考えれば朝令暮改の誹りを免れない。しかし、この間、「7~9月期中にAPPを停止して、しばらくしてから利上げに着手する」といったコミットメントが、ブログ1つで「すべて7月」に変わったことを踏まえれば、「事情が変わったので再投資停止も早めてよい」と割り切った対応に出る可能性は否定できない。

ブログの適否は当然問われることに

もう1つ、具体的な金融政策運営とは直接関わらないものの、やはりラガルドブログの一件についてはその適否を追及しようとする記者は現れる可能性がある。ECBがなぜブログという異例の形式を使ってまでタカ派へ急旋回を試みたのか、いまだに理由が判然としない。

ブログ公表後に明らかになった1~3月期のユーロ圏の妥結賃金統計や5月消費者物価指数(HICP)の跳ね方を見て焦燥感を覚えたという可能性はある(いずれの統計も事前にECBが結果を知っていたとして、の話だが)。もともと、「賃金がアメリカのように上がっているわけではないので、正常化は急ぐ必要がない」というのがECBの基本姿勢であっただけに、最近の失業率や賃金、サービス価格の動きは想定外の事象だった可能性がある。

一般物価の上昇が賃金の上昇に至り、「賃金上昇スパイラル(the resulting wage-price spiral)」となる展開はECB政策理事会議事要旨でも懸念されていた。そうなればインフレは持続性を持ってしまう。

しかしそうした問題意識があったとしても、正式な最高意思決定機関である政策理事会が存在する以上、臨時会合を開催すればよかった話である。前例としては、パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)は定例会合(2020年3月12日)のわずか1週間後(3月18日)に臨時会合を開催して決定している。

緊急的に必要だというのであれば、そうした方法が定石であり、将来的に「ブログという方法があるかも」という疑念を市場に埋め込み、政策決定に関わる不透明感を生んでしまったという点で、望ましくない行為だったと筆者は考えている。

フォワードガイダンスのように口先だけで期待に働きかけようという政策運営を取っていた中で、こうした手法はノイズを増やしてしまう。この情報発信のまずさを批判する記者質問も、今回の政策理事会における1つの見どころになるように思える。
 

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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