漫画「キングダム」に起業家が心奪われる納得理由 入山章栄・早大教授が経営学の視点から分析

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――昔の起業家と今の起業家で傾向の違いはありますか?

今の起業家はよくも悪くも、ピュアな人が多い。過去に日本で起業家が多く生まれたのは戦後です。その理由は簡単で、焼け野原になってしまった日本を何とかしなきゃいけなかったから。その中で成功したのが、ソニーを創業した井深大さんや盛田昭夫さん、ホンダを創業した本田宗一郎さん。

当時の起業家には人間としてはめちゃくちゃな人もいたようですが、時代もあって、経営者として成功したい気持ちと同時に、日本をなんとかしなければという思いが強かった。時代が彼らに大志をもたせた。

ただ、それは『キングダム』的な世界とは違います。群雄割拠での勢力争いというよりは、ゼロから作っていく世界ですから。日本の場合は、その後、高度経済成長期を迎え、終身雇用制が定着しました。起業は異端という時代が長かった。いい大学を出て、いい会社で働くのが是とされる時代です。例えば、就職人気ランキングでは大手損保がトップになるような。

全国転勤ありだけど、とにかく給料はいい。中国の歴史でいうと比較的安定した、宦官が跋扈する時代、科挙システムが機能していた時代のイメージでしょうか。今は多くの分野で老舗大企業とスタートアップが入り乱れ、終身雇用制も崩れてきて、日本のビジネス界が戦国時代的になってきています。だからこそ、ビジネスパーソンが『キングダム』に共感する。

ダントツで好きなのは廉頗

――起業家は信や嬴政に共感するとのことですが、ご自身の好きなキャラクターを5人挙げるとすると?

ダントツで好きなのは廉頗(れんぱ、18巻初登場)。登場時は魏に移っていましたが、過去には趙国三大天の1人として名を馳せた大将軍です。

ほかは、元野盗の首領であり残忍さで知られる秦の将軍・桓騎(かんき、19巻初登場)、高い能力を持ちながら危険思想を警戒される秦の将軍・王翦(おうせん、19巻初登場)、桓騎と王翦を副将として従える秦のベテラン大将軍・蒙驁(もうごう、18巻初登場)、合従軍で燕国軍の総大将を務める「北の山岳族の王」・オルド(25巻初登場)ですね。こうして挙げてみると、僕は「ど真ん中の人」にそれほど興味がない。

起業家の場合は、自分の夢に向かって組織を大きくしていくところにカタルシスを感じるところがありそうですが、僕はとにかくずっと現役で戦いたい、研究に取り組みたいという感覚が強い。いちばん好きな廉頗は、長く戦いに身を置きながらも自分が天下を取ろうとは思っていません。彼のずっと現役で戦いたいという感覚に非常に共感します。

趙国三大天の1人として名を馳せた廉頗(©原泰久/集英社)

――5人とも主人公たちより上の世代の現役将軍です。上司世代、というイメージもありますが、その意味では、結果を出しつつ穏やかな人柄の蒙驁は魅力的に思えます。対極の存在は野盗の首領から将軍へという異色の経歴を持ち、奇抜な行動と残酷さが目立つ桓騎でしょうか。

そうですね。蒙驁は安定感がありますが、起業家というよりは起業家をサポートする側にいそうなタイプですね。あるいは、大企業の経営陣にはこういう人がいる。

秦のベテラン大将軍・蒙驁(©原泰久/集英社)

一方の桓騎は、日本史でいうと織田信長タイプ。起業家と話をすると「こういうやついるよね」という話になるキャラクターだったりもします。一昔前、90年代の起業家のようなイメージでしょうか。法律スレスレのこともいとわない、ちょっとクレイジーなタイプ。事業が成功すると、派手なパーティーを開いたりして。

元野盗の首領であり残忍さで知られる秦の将軍・桓騎(©原泰久/集英社)

ただ、こういうタイプは最終的には成功しない。途中までは勢いがあっても、どこかで躓いていなくなってしまうんです。僕の周りの起業家には、漫画のキャラクターとしての桓騎を魅力的だという人はいますが、起業家としてのお手本にする人はいないように思います。(後編に続く)

『漫画「キングダム」(第1話)身の丈を超えた野望』はこちら

山本 舞衣 『週刊東洋経済』編集者

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やまもと まい / Mai Yamamoto

早稲田大学商学部卒、2008年東洋経済新報社に入社し、データ編集、書籍編集、書店営業・プロモーションを経て、2020年4月育休を終え『週刊東洋経済』編集部に。「経済学者が読み解く現代社会のリアル」や書評の編集などを担当。

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