メルケル元首相ならプーチン説得に希望あり 暴君も一目置く「女帝」なら耳を傾ける

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ロシアがウクライナを部分的に占領した14年の時点で、メルケルはプーチンの思考がすでに危険なまでに現実から遊離していることに気づいていたが、それでも、わずかな妥協点を見いだそうと粘り強く交渉を続けた。会談は時に15時間に及ぶこともあり、「綱渡りの集中力」で臨んでいたという。プーチンは交渉の席を立つことなく、クリミアを併合し東部ドンバス地域を一部占拠した段階で、停戦を受け入れた。紛争の凍結であっても、メルケルにとっては全面戦争よりはずっとマシだった。

プーチンに誰かを信用する能力があるのだとしたら、その信用を引き出せるのはメルケルだろう。メルケルはプーチンを公然とこき下ろしたこともなければ、機微に触れるやり取りを漏らしたこともない。ロシア文化を敬うことを心得ており、元米大統領バラク・オバマが在任中にそうしたように、ロシアを「地域大国」と呼んで軽んじたこともない。

メルケルが持つ可能性

メルケルが首相を退任してから約2カ月後、プーチンは14年にメルケルに止められた全面戦争に打って出た。メルケルにも誤算はあった。政治家として慎重な彼女は、財界に配慮してロシアからのガスパイプライン「ノルドストリーム2」の計画を止めなかったし、国防費も十分に増額しなかった。戦争を嫌悪する彼女は、戦争に頼る政治を完全な失敗と見なしていた。

それでもメルケルは、プーチンが一目置く、おそらく唯一の人物だ。高くて危険な木に登ってしまった孤独なプーチンは、そこから降りる手助けが必要なことに、ある程度は気がついているに違いない。彼が恐れているのは面目が丸潰れとなることであり、それを避けようと、さらなる流血に突き進んでいる。だが世界のリーダーの誰よりもプーチンの扱い方を知るメルケルなら、矛を収めさせることができるかもしれない。

むろん、これはのるかそるかのギャンブルだ。だが、事態の深刻さを考えれば、ダメ元でやってみる価値は十分にある。

(C)Project Syndicate

カティ・マートン ジャーナリスト

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Kati Marton

米公共ラジオNPRの元記者で、米ABCニュースではドイツ支局長を務めた。著書に『メルケル 世界一の宰相』など。ハンガリー生まれ。

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