テレビに踊らされる人々が生まれた歴史的な必然 20世紀を代表するメディアの誕生に隠された思惑
新しく強力なメディア・テレビが誕生するまで
今ではあって当たり前の生活必需品であるテレビ。最近はYouTubeやVODなどのインターネット上のコンテンツに取って代わられそうな気配もありますが、まだまだ誰もが毎日目にするものでしょう。
ちなみにYouTubeのTubeもアメリカにおけるテレビの俗称で、受信機であるブラウン管(ブラウン・チューブ)に由来しています。
そんなテレビはさまざまな技術が重なって出来上がったものなので、特定の発明者はいません。その起源となったのは1843年、スコットランドの発明家アレクサンダー・ベインが画像を走査(スキャン)・電送する装置を発明したことだといわれています。この技術はファクシミリに使われた技術なのですが、動画を電気信号で伝送するテレビの開発にも大きなヒントを与えました。
1873年には、イギリスで明暗を電気の強弱に変えて遠方に送る装置、つまりテレビジョン(television)の開発が始まります。
アメリカでは1875年に並列式機械式走査の概念が、1877年には直列式の機械式走査の概念がそれぞれ提案されます。
そして1884年、ドイツのパウル・ニプコーは、周りに24個の小さな穴をあけた円板を回転させてそこに光を当て、穴から漏れてくる光を拾い出す方法、順次伝送方式のテレビジョンを試みました。これは円板の回転とともに、それぞれの穴が被写体の画像を線状に切り取って画像を分解する仕組みです。この方法は、その後長らくテレビジョンの基本的手法として使われました。
1895年にはイタリアの発明家グリエルモ・マルコーニが無線通信を発明。1897年にはドイツの物理学者フェルディナント・ブラウンがブラウン管を発明し、テレビの受像装置の原型ができました。今ではほとんど見かけなくなりましたが、テレビのブラウン管は彼の名前から名付けられています。
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