ミイラの盗掘がかつて盛んだった仰天すぎる背景 「不老不死の秘薬」と信じられた結果のバブル
死者が万能薬として日の目を見る
人為的に加工したり、自然の条件によって乾燥させたりして長期間原型をとどめている遺体、それがミイラです。
遺体をミイラにすることは古代より行われており、特に古代エジプトのものが有名です。死後の再生を願ったもので、神聖な儀式に則って手間隙をかけた工程を経て作られていました。中でも王や貴族のものなどは、3カ月ほどかけて作られていたといいます。
また、エジプト神話においては、冥界の神アヌビスがオシリスの最古のミイラを作ったため、ミイラ作りの神ともされています。
そんなミイラですが、かつては「万能薬」としてエジプトから世界中に輸出されていたという事実をご存じでしょうか? ミイラとなった人物も「死後の再生」を願われているはずが、まさか自分が生薬として世界中の人々に求められるとは思ってもみなかったでしょう。
そもそもミイラが薬とされてしまったことには、ミイラの盗掘が関係しています。キリスト教も流入するようになった3世紀頃のエジプトでは、ピラミッドや陵墓地帯としても知られるルクソールの王家の谷などで、すでに盗掘が始まっていました。盗掘をする者は副葬品をはじめとした財宝を主に狙い、それと合わせて遺体そのものも盗んでいたのです。
こうして盗み出されたミイラは、中東や北アフリカ、そして交易の果てにヨーロッパへと持ち出されるようになります。盗み出されたミイラが「薬」として取引されたことも13世紀頃の記録として残っており、「農民がアルバイトでミイラを掘り出している」と記されています。
さらにミイラは丸々一体、または分割された状態で、カイロやアレクサンドリアの港からヨーロッパに持ち込まれたことまで記録されていました。
ヨーロッパでは「ミイラが万病に効果がある」と信じられ、上流階級御用達の高級な薬となりました。
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