精神病院に「突如閉じ込められた人々」の壮絶体験 理解に苦しむような話だが、残念ながら現実だ

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処方された向精神薬「コンサータ」を朝に飲んだあとはだるくて二度寝することになり、追加された「ストラテラ」を飲んだあとは幻覚症状と幻聴、被害妄想に悩まされたという。

しかも被害妄想で学校の友人との関係が悪化したと施設職員に相談すると、また精神科に連れていかれ、「エビリファイ」という別の薬が処方された。その後も幻聴やいらつきが止まらないと訴えると、さらに追加で複数の漢方薬が出された。結果、精神的にとても疲れ、いつも情緒不安定だったと当時を振り返る。

「薬物療法で選択肢が増えた」

そんな遠藤さんは2018年に児童養護施設を退所し、父親とは別の男性と再婚した母親の元へ戻った。現在は通信制高校に週2回登校し、アルバイトも始めている。自宅に戻って薬をやめてからはプラス思考になり、1人の時間を楽しめる余裕も出てきたようだ。

児童養護施設に入所している子どものなかで、虐待を受けた経験のある子は約6割におよぶ。障害のある子どもの割合は3割近くまで増加しており、上記の遠藤さんがそうであるようにADHDと診断された子どもは、10年前とくらべて2.9倍に膨らんでいるのだそうだ。

「以前は児童の衝動的な暴力にも職員が対症療法で対応するしかなかった。医師との連携で選択肢が増えた」(162ページより)

都内で児童養護施設を運営する施設長はこう話す。たしかに、薬物療法によって情緒や生活の安定が図られることはあるのだろう。そういう意味で、メリットはあるのかもしれない。だが、それが子どもたちの行動を抑制するための手段として用いられるのであれば話は別だ。いうまでもなく、それは彼らの人権侵害につながりかねないのだから。

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なんの根拠も提示されないまま精神科病院に強制入院させられ、人生を狂わされる人がいる。他方には、親の事情で児童養護施設への入所を余儀なくされ、環境の変化に抗っているうちに薬漬けにされる子どもがいる。

どちらも一般的な“常識”からすれば理解に苦しむような話だが、残念ながらこれは現実なのだ。だからこそ私たちは、「どこか遠い場所にいる誰か」の話としてではなく、「もしも自分が同じ立場に立たされたら」と、自分ごととしてこの問題を真剣に考えてみるべきではないだろうか。そうすることですべてが解決するわけではないが、しかし、それが小さなきっかけになることは間違いないのだから。

印南 敦史 作家、書評家

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いんなみ あつし / Atsushi Innami

1962年生まれ。東京都出身。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「WEBRONZA」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」など紙媒体にも寄稿。『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)など著作多数。

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