「おもてなし」礼賛は日本人の思い上がりだ 観光立国を名乗る前にやるべきこと
「几帳面で腰が低い日本人の性格は好き。だけど、頭の固さは困ったもの」。
東京外国語大学で教鞭を執るスーダン人の国際政治学者、モハメド・オマル・アブディンさんは「マニュアル化した企業のシステムが、融通を効かなくしている」と指摘する。
12歳で失明したアブディンさんは1998年に20歳で来日。鍼灸を学ぶのが目的だったが、日本語をマスターした彼はそれだけでは飽きたらず東京外大に入学。大学院にも進んで2014年には博士号を取得した。現在は同校の特任助教を務めつつ、東京で3人の子を育てている。
マニュアルから外れると思考停止に
昨年秋、東京都内のとあるJRの駅での出来事だ。アブディンさんが、駅のタクシー乗り場がわからなかったので、駅員に案内と付き添いを頼んだところ、「会社のルールでできない」との返答。押し問答になったが、結局あきらめて帰らざるをえなかった。
「おもてなし」を自慢しても、マニュアルから一歩でも外れると、思考停止に陥ってしまう。お客の都合は二の次で、本来あるべきサービスの姿から離れてしまう。そんな例が少なくないのではないか。
「日本では“おもてなし”という言葉が持て囃されているが、幻想ではないですか」とアブディンさんは怒りとも呆れともいえる表情で語る。母国のスーダンでは客人は家の中に招き入れ、手料理を振舞うなど盛大に歓待する。一方で「日本ではお客を家に入れることはあまりないですよね」。まるで日本人のホスピタリティが世界一のように語られている現実に、首をかしげる。
ましてビジネスとなれば、「おもてなし」の良し悪しはお客が決めるもの。自慢するものではないだろう。一方で、日本のサービス業の生産性が低いのは過剰サービスのためとの見方もある。何がどこまで求められているかの見極めも必要だ。他国の例も広く見て、自分の立ち位置を再確認する作業が欠かせない。
気になるデータがある。NHK放送文化研究所が1973年から5年ごとに行っている「日本人の意識」調査では、2013年時点で「日本人は他国民と比べて、極めて優れた素質を持っている」と答えた人の割合は67.5%に達した。前回調査と比べて跳ね上がっており、過去のピークである70.6%(1983年)に迫る水準。他国の長所を謙虚に受け入れる日本の強みが失われかけているとすれば心配だ。
いま、日本には「おもてなし」礼賛に限らず、自国の美点をほめたたえる書籍、番組があふれている。だが、そこに本当に他国と比較し、数字を踏まえた議論がどこまであるか。日本に長く暮らす外国人の辛口のエールにこそ耳を傾けたい。
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