アサヒビールが取り込んだ「なだ万」の旨味 日本料理の老舗は大企業に身を寄せた(下)

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『日経レストラン』(1998年1月21日号)には、会長だった正幸のインタビューが掲載されており、加藤秀雄編集長はその後記として、「『今の日本料理の大半は、10年後には残っていない』など、灘萬の会長という立場からすると、やや過激とさえ思われる言葉がポンポン飛び出したのには、いささか驚いた。(中略)同席した津田暁夫社長からは、数字や地名などが流れるように出てくる。革新を続ける老舗を率いていく経営陣としては、絶妙のコンビネーションだ」と書いている。

このコンビでレストラン事業の拡大や、中食市場への進出など新業態の展開を推進。結局、津田は2009年まで16年間も社長を務めた。周囲に対して津田は「70歳になったらひとつの区切りとして社長は退きたい」と語っていたという話もあり、ちょうどそのタイミングだったようだ。

売上高150億円、1300人の所帯

180周年を迎えた2010年、正幸が再び社長に就いた。大きな節目を迎えるにあたり、創業家が再登板するほかなかったのだろう。現在、なだ万の売上高は150億円で、従業員は1300名を抱える。そのうち800名近くが料理人で占める。自前の調理人育成に力を入れてきたのは、同社の大きな特徴だ。専務取締役で総料理長を務める木浦信敏は2007年に現代の名工に選ばれている。

60才を過ぎた自身の年齢や後継者問題、料理人を中心とする1300人の所帯をどう維持していくのか――。縷々考えた結果、再登板した正幸は、大企業の傘下に入り、事業基盤の安定化を図ることに思い至ったのかもしれない。

なだ万の『百八十年史』が発刊されたのは2013年10月。「発刊のご挨拶」で、正幸は「日本料理の正道を守り、さらに時代にマッチした味やスタイルを追求しながら、これからも着実に歩んでゆく所存でございます」と記した。果たして、アサヒビールという大きな傘の下で、どんな新味を出していくのだろうか。(=一部敬称略=)

井下 健悟 東洋経済 記者

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いのした けんご / Kengo Inoshita

食品、自動車、通信、電力、金融業界の業界担当、東洋経済オンライン編集部、週刊東洋経済編集部などを経て、2023年4月より東洋経済オンライン編集長。

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