1890年開業の帝国ホテルは、国の威信をかけた外交拠点ということで、「日本の迎賓館」の役割を担うために作られた。創業の発起人だった渋沢栄一は、「ホテルは一国の経済にも関係する重要な事柄。外来の御客を接伴して満足を与ふるようにしなければならぬ」とうたい、「経済と道徳の融合」を目指した。
その精神は「最も優れたサービスと商品を提供することにより、国際社会の発展と人々の豊かでゆとりある生活と文化の向上に貢献する」という帝国ホテルの企業理念に表れている。誰にでも門戸を開き、慎ましく地味ながら、丁寧で誠実なサービスを旨とする。「社会のため、お客様のためという信念のようなもの」が、従業員の意識に根づいているのだと思う。
一方で、それは「圧倒的に贅沢な体験をさせてくれた」「スタイリッシュなおもてなしを目の当たりにした」など、富裕層だけが体験できるサービスとは道を違える。行き届いたサービスがなされているのだが、そこにハードルの高さや上から目線を感じさせるところが微塵もない。
表層的なおもてなしでなく、本質的にお客の助けになることが、社会における自分たちの役割である。そういった精神性を、従業員が共有している。それが「らしさ」につながっている。「渋沢栄一は『信用・信頼は信念から生まれる』と言っています。信念をもって働くことが大事ではないでしょうか」(定保さん)。従業員が、信念に根ざした仕事をしている結果が「帝国ホテルのサービス」なのだと思う。
そういう帝国ホテルのよさが、もっと伝わってもいいのではないか――その意味では「伝える」というところに、少し不器用な企業といってもいいかもしれない。
らしさを支える「さすが帝国ホテル推進活動」
「帝国ホテルらしさ」を支えているユニークな活動の1つが、「さすが帝国ホテル推進活動」だ。1999年にスタートしたというから20年以上にわたって続けられている。顧客から「さすが帝国ホテル」と言われるような社員の言動を取り上げ、毎月、「さすが帝国ホテル推進会議部長会」を開催し、表彰選考を行っているという。
例えば、帝国ホテルでは、ルームサービスを行った後、客室の扉を閉めてから、見えていない扉の向こうのお客に向けて一礼するのが習わしになっている。それを目にしたお客から「さすが帝国ホテルと感じました」と手紙を送られてきたことなどが含まれる。
「年間大賞は、全従業員の投票で決めています」と定保さん。こういう活動を続けることで、従業員の間に、意思と行動が結びつき、根づいていくのだと思う。
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