ことは約2年前にさかのぼる。最初の緊急事態宣言が発令された直後、定保さんは従業員全員に向け、「先が見えない苦しい状況になっていますが、皆で一緒に乗り越えましょう」とメッセージを出した。
コロナ禍でリストラを余儀なくされた企業が少なくなかっただけに、不安を感じている従業員がいなかったわけではない。そういったときだからこそ、経営トップからの直接メッセージというかたちを取ったという。そして「これからの帝国ホテルにあって欲しいものについて、新しいアイデアを出してください」と添えた。
100~200通くらいの反応があったらいいと思っていたところ、5473通もの提案があったという。
「従業員1人ひとりが、帝国ホテルのことをこれだけ一生懸命に考えている。そこを大事にすることが私の役割であり責任とも感じました」(定保さん)
メッセージに応じて、5473通も提案があったのは素晴らしいが、それだけ深刻で真剣な状況にあったとみることもできる。すべての提案に目を通した定保さんは、「これらの現場の声を活かすことは、おのずとお客様にも伝わっていく」と感じた。
運営再開発準備委員会と名づけた数人規模のチームを作り、経営直轄のポジションに置き、大車輪で進めることにした。「よく働いてくれるので、私が勝手に“すぐやる何でもやるチーム”と呼んでいるほどです(笑)」。
「典型的な日本企業」が攻めに転じた
この手のプロジェクトでは、新規事業部や事業開発室といった部署を作って進めるのが王道だが、それなりの人数がいて企画がまとまっていかない。実行にいたるまでに多くの意思決定を経なければならず、時間も手間もかかって進まない。結果的に実施にいたらず、尻すぼみになってしまうケースがまま見られる。その轍を踏まないよう配慮された組織と言える。
由緒ある企業の場合、いや、そうでない企業でも、前例がないことを始めようとすると、「成功する保証はあるのか」とつぶされることが少なくない。帝国ホテルの場合、そういう壁はなかったかと聞いたところ、「もちろんありました。Typical Japanese Company(典型的な日本企業)ですから(笑)。長年、“守り”をメインにやってきたところがあり、いい意味で不器用なのです。ただ今回は“攻め”に転じようと考えました」。
時代が大きく転換し、先が見えづらいからこそ、「らしさ」を武器に打って出ようと考えた。
そこで言う「らしさ」とは何なのか――。
「ホテルマン、ホテルウーマンがお客様のことを思って賢明にサービスする、それをお客様が喜んでくださって信用・信頼となり、リピートしてくださる。それで従業員のモチベーションが上がってよりよいサービスを目指す。結果的に売上が上がって利益もついてくる。そういう“良い循環”を生み出すこと。今はまだ苦しいですが、1日も早くもどしていきたいとがんばっています」(定保さん)
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