神社や寺が「あんな場所」にある知られざるワケ 日本各地にある「聖地誕生」のルーツを探る

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その理由は、このエリア特有の地質によるものだ。熊野速玉大社がある和歌山県新宮市を中心に三重県尾鷲市あたりから和歌山県那智勝浦町あたりまでの約60キロに及ぶエリアには、「熊野酸性火成岩類」と呼ばれる地質が分布している。

これはマグマによってできる岩類で、美しい白色をしている。砂岩や泥岩よりも硬度が高いため、周囲の地層にある柔らかい岩類が風雨や波などの浸食作用に削られ、この白い熊野酸性火成岩類が露出することになる。これが熊野地方の巨石信仰を生み出しているのだ。熊野酸性火成岩類が生み出した聖地には、那智の大滝の岸壁や、熊野速玉大社の速玉祭の舞台となる御船島がある。御船島は岩島で、熊野酸性火成岩類があるところに河川が流れ、浸食から取り残された部分が岩島となった。同様の岩島には古座川にある河内島があり、河内神社の御神体となっている。

厳密にいうと熊野酸性火成岩類は2種類ある。いずれも鉄やマグネシウムが少ないマグマからできた火成岩だが、形成過程が異なる。ひとつはマグマ溜まりから上昇してきた溶岩からできた「流紋岩」でゴトビキ岩がこれにあたる。もうひとつは、マグマ溜まりで大爆発を起こして噴出した火砕流からできた「流紋岩質火砕岩」である。流紋岩質火砕岩は風化によって滑らかな一枚岩状の岩盤や「タフォニ」と呼ばれる虫食い状の風化洞窟が形成する。こうして生まれた景観に、三重県熊野市の花の窟や獅子岩、鬼ヶ城などがある。

(図版:筆者作成)

これらの火成岩が生み出したのが、かつてあった熊野カルデラ火山と熊野北カルデラ火山だ。新宮市側にあるのが熊野カルデラ火山、熊野市側にあるのが熊野北カルデラ火山である。約1400万年前にこれら2つの火山のマグマ活動が起きたと考えられている。

熊野には火成岩以外にも信仰される巨岩がある。熊野本宮大社の近くにある磐座で、「備崎磐座群」と呼ばれるもので、そこは海底で地層をつくった堆積岩である厚い砂岩からできている。同様の砂岩の霊石として、熊野本宮大社と熊野那智大社の間にある大雲取越にある円座石、熊野川沿いの志古の磐座、新宮市の高倉神社跡などがある。

熊野に巨石信仰が現代まで残った理由

熊野に限らず、古代の日本では自然物を神が宿る依り代として祭祀が行われた。石や岩の信仰は世界各地に残っており、オーストラリアのウルル(エアーズロック)やサウジアラビアのイスラム教の聖地メッカのカアバ、イギリスの古代遺跡ストーンヘンジなどが知られる。しかし、時代が下るにつれてこのような原始信仰は常設の宗教施設に替わっていった。ではなぜ、熊野に現在も古代の磐座信仰が色濃く残っているのか。これは紀伊半島の地形が影響している。

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紀伊半島はフィリピン海プレートが太平洋の南海トラフに沈み込むことで隆起した地域である。南側から強い力で押されることで、紀伊半島には東西に平行に山地が何重にも連なる地形的特徴が生まれた。そのため、紀伊半島は南北への移動は困難な地形となった。熊野は、古代にあったカルデラ火山の活動によって奇岩・巨石が多く残る霊場地として信仰され、さらに地形的に対外的な勢力の進出が困難だったため、原始の信仰を現代に残しているのである。

紀伊半島にある2つの聖地・高野山と熊野は、いずれも紀伊半島が生み出した地形が密接に関係していたのである。

『カラー版 地形と地理でわかる神社仏閣の謎』編集部
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