PDCAを回し続けると、火星に行けるのか 『月をマーケティングする』を読む
この発足間もない時期に編み出されたメディア対応は、現在ブランド・ジャーナリズムやコンテンツ・マーケティングと呼ばれるものにも非常に近い。時代に先駆けた先進的な取り組みというより、この事例を基盤に現在のマーケティングが構築されたと言った方が正しいだろう。NASAの広報は宣伝ではなく報道であるというスタンスに立ち、新聞・雑誌や放送局で働いた経験のある人材を積極的に採用したのだという。須らく文章を書くのがうまく、媒体がどのような論理で動いているかという感覚に優れていた人物ばかり。この戦略が「開かれた広報」というスタイルを形作り、NASAとマスメディアは蜜月の時代を迎えることになる。
宇宙飛行士は戦士ではなく、“人間”
一連のプロジェクトにおいて、何をコントロールしようとし、何をコントロールしなかったのか。そういった観点から各フェーズを眺めていくと気づきが多い。象徴的なのは、図らずも英雄視されるようになった宇宙飛行士をどのようにブランディングするのかという観点である。宇宙に飛び立つ戦士としての位置づけだけではなく、一人の夫として、父親としてどのような人物像を持つのか、ここを徹底的にコントロールしている様子が本書からは伺える。
この目的を果たすために、宇宙飛行士のプライベートに関する情報はライフ誌と専属契約を交わすという手段が選ばれた。これは殺到するメディアから宇宙飛行士を守るということにおいても、宇宙飛行士のヒーロー像を制御するという意味においても一定の効果を上げたのである。
着々と力をつけつつあったNASAは今でいうコンテンツホルダーのよう存在であったのだろう。NASAが議会の承認を得るためにテレビ局が力を貸し続ければ、その見返りにNASAも無料で大型のコンテンツを提供するという理想的な関係が育まれていく。いつの時代も優れたコンテンツは世の中を動かし、カネを生むのだ。
一方で商業的なマーケティングについては、アンコントローラブルな方針を掲げていたのが印象的だ。NASAは、メーカーが月ミッションで果たしている役割をPRすることを許しただけでなく、NASAの写真を企業の宣伝広告で自由に使うことまで認めていたという。このアプルーバルの寛容さなどは、時代のなせる技といったところか。
TV放送の技術進化がリアリティを与えた
このようなNASAの体制に最大の追い風を与えたのが、TVにおける放送技術の進化であった。どれほどイノベーションな出来事であっても、決定的瞬間を映像で表現することには難しさがつきまとう。事を成し遂げるためのビジョン作成やイメージ共有の過程においても、リアリティあふれる映像が作成され、何度となく多くの人の目に触れることになるからだ。それはすなわち、既視感との戦いなのである。
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