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人口1万「ジリ貧の町」に36歳芸人が移住した理由 ようやく見えてきた「住みます芸人」成功のカギ

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  • 西岡 研介 ノンフィクションライター
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その奥村がたどり着いたのが、前述の「おおなんの宝」という、地元の食材のみを使った新たな商品開発だった。

福井県小浜市出身の奥村は、地元の高校を卒業後、大阪の調理師専門学校に進学。卒業と同時に上京し、都内のイタリアンレストランなどに料理人として勤めた。が、中学校時代からの「お笑い芸人になりたい」という夢を捨てきれず、2008年に東京NSCに入学。そこで知り合った相方とコンビを組み2009年にデビューしたが、料理人の仕事は続けていたという。

「2012年にコンビが解散になって、1年ほどはピンで活動していたんですが、東京時代に仲の良かった(コンビ芸人の)『ほのまる』が、僕らがコンビを解散した年から『鳥取県住みます芸人』になっていて、奥村もこっちに来なよと誘ってくれたんで、2014年から僕も『鳥取県住みます芸人』になったんです」(奥村)

芸人としての“のびしろ”を感じる話だった

そして翌2015年、前任者の退任に伴い、奥村は、隣県の「島根県住みます芸人」に就任。さらに2020年には、前述の邑南町の招きに応え、同町に移住したという。

「島根県住みます芸人になってからは、地元テレビのレギュラーやイベントなど様々なお仕事をいただき、正直、恵まれていました。東京時代は料理人の仕事が大半で、芸人の仕事なんてほとんどありませんでしたから。それが一気に逆転して、ようやく芸人が本業になったなぁ……と。

やることなすこと全部が新鮮で、充実していたんですが、5年ほど経った頃ぐらいからですかね。自分自身、なんか芸人として伸びてないなという感覚がすごくあって。食べていけるようにはなったんだけど、このまま(漫然と)この生活を続けていっていいものだろうか……とモヤモヤしていたんです。

そんな時にちょうど、邑南町さんからお話をいただいて、寺本さんとお会いして、こんなことをやってみたいというお話を色々伺って。夢があるし、僕自身、芸人としての“のびしろ”を感じる話だったので、すぐに『やります!』と返事しました」

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【「邑南町住みます芸人」になってまずやったこと】

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